ボロは着れども心は錦。

pkitm.exblog.jp
ブログトップ
2012年 03月 30日

序文|意思決定の力学

未曾有の災害が起きた。「想定外」の出来事が次々と起きて、日頃の訓練もマニュアルも機能しない。それでも、一人でも多くの命を救い、生活基盤を復旧し、明るい未来の希望を持つために具体的な復興計画を描き、それを実現しようとしている。

何故か?

それは、人間のみならず全ての生き物は、この世に生を受けた以上は生き続けて、種を永続させるために最善を尽くすことが本能だからである。一方、地球上の生物の中には、絶滅した種がいくつもある。巨大隕石の衝突、気候変動、外敵となる生物の侵略など、ひとことで述べれば、「環境変化に適応できなかった」のだ。

人間も、環境変化に適応できなければ、死を迎える。病気やケガ、事故や犯罪・戦争はもとより、自殺や老衰でさえ、全ての死因を突き詰めれば「環境変化に適応できなかったから」と言える。

すなわち、生き物が生き永らえて種を残すためには「環境変化に適応すること」が本質である。

しかしながら、環境変化へ適応するには多くの場合、苦痛をともなう。そこで、人類の一部は知恵と科学技術を用いて「環境変化を起こさない」ように工夫して、多くの一時的な成功を収めて来た。特に日本人は「環境変化を起こさない」工夫をするのが得意である。しかし、多くの場合は最終的に大きなツケを払うことになり、絶望的で致命的な事態に向かう。

本能のまま生き永らえて種を残し永続させるためには、あらゆる環境変化に適応したいものだが、それは恐らく不可能だろう。だが、たとえ望み通りの結果が担保されなくても、環境変化へ適応するために最善を尽くすことが、この世に生を受けた者の使命である。

私たちは最善を尽くしているだろうか?
[PR]

by azatsu0422 | 2012-03-30 15:30 | 意思決定の力学


<< 「皆で決める」|意思決定の力学      オシムの言葉 >>