ボロは着れども心は錦。

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カテゴリ:スポーツ( 67 )


2010年 07月 02日

オシムの言葉

サッカーW杯、日本に対するオシムの言葉が全てだと思います。

協会をはじめ次の大会を目指すサッカー選手だけでなく、メディアや熱心なサポーター、にわかファンに至る全ての日本人が真摯に受け止めて、それぞれ何をすべきか考え、やるべき事を実行しないと、今大会の結果以上どころか予選で落胆する結果に終わるだろうと思いました。

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by azatsu0422 | 2010-07-02 12:37 | スポーツ
2010年 05月 02日

石川選手、すごい!

ツアー最少スコアの58で逆転優勝とは、すごいです。最終日に1R12バーディー・ノーボギー(前半7バーディー・ノーボギー、後半5バーディー・ノーボギー)で回るとは、何て派手な選手でしょう。今シーズン、ようやく世間の期待通りの活躍を始めた感じです。

願わくば、世間に「ジャンボ尾崎のような内弁慶」と印象づけることなく、海外のメジャー大会でもこういう派手なゴルフで優勝しますように!


石川遼、大逆転で今季初V 58のツアー最少スコア
2010年5月2日 12時01分 ( 2010年5月2日 16時07分更新 )

 男子プロゴルフツアーの中日クラウンズ最終日は2日、愛知県東郷町の名古屋GC和合コースで行われ、昨季の賞金王、石川遼が18ホールのツアー最少スコアとなる58の快記録をマーク。6打差18位からの一気の逆転で、通算-13、267で優勝した。今季初優勝、アマ時代を含めツアー通算7勝目。18ホールの最少スコアは米ツアーが59、欧州ツアーが60で、世界の主要ツアーでの最少記録。


<男子ゴルフ>石川遼が逆転V…ツアー最少新記録「58」

2010年5月2日 15時05分 ( 2010年5月2日 15時23分更新 )

 プロゴルフの男子ツアー、中日クラウンズ(6545ヤード、パー70)最終日は2日、愛知県東郷町の名古屋GC和合コースであり、前日まで1アンダーで18位タイスタートの石川遼が、73年の現行ツアー制度以降最少スコアの58で回り、通算13アンダー。前日トップ・丸山茂樹との6打差を逆転して今季初優勝した。通算では昨年10月のコカ・コーラ東海クラシック以来7勝目。従来の18ホール最少スコアのツアー記録は、03年アコムインターナショナル第1ラウンド(R)で倉本昌弘がマークした59。
 石川は前半だけで7バーディー、ノーボギー。ツアータイ記録のハーフ28で回る快進撃を見せ、後半も5バーディー、ノーボギーで勢いが衰えなかった。1R12バーディーは、01年ミズノオープン2RのZ・モウ、03年アコム1Rの倉本昌弘に並ぶツアー記録。
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by azatsu0422 | 2010-05-02 17:47 | スポーツ
2009年 06月 11日

二人の子供にスキーを託したい・・・

早いものです。今や上村選手をアイドルと呼ぶのは失礼で、大選手のオーラを持つベテラン選手だと思います。
皆川選手も、現在の日本男子アルペン界で最高の才能を持つ大選手。

現代の日本人選手として最高の素質を持つ二人が結婚したら・・・

最高の才能をダブルで受け継いだ子供(たち?)にワールドカップ優勝の夢を託したいものです。

本人(二人の子供)にしてみれば、甚だ迷惑な期待だと思いますが・・・。

その前に、上村選手と皆川選手の末永いご多幸を祈るばかりです。二人がずっとラブ②でないと、子供に夢を託す以前の話となってしまうので・・・。


モーグル上村選手が結婚 アルペンの皆川選手と
2009年6月11日 09時12分 ( 2009年6月11日 09時53分更新 )

c0019485_1073297.jpg ことし3月のフリースタイルスキー世界選手権女子モーグルとデュアルモーグルで女王に輝いたスキー界のアイドル、上村愛子選手(29)が11日、2006年トリノ冬季五輪アルペン男子回転で4位に入った皆川賢太郎選手(32)と結婚することになった。約3年間の交際を経て2人は11日にも婚姻届を出し、人生の伴侶としてスタートを切る。


上村愛子セレブ同棲から結婚…お相手はあの人
2009年6月11日 17時00分

 来年のバンクーバー冬季五輪を前に、スキー界にビッグカップルが誕生した。フリースタイルスキー女子モーグルでメダル有力候補の上村愛子(29)が、交際中の2006年トリノ五輪スキー男子回転4位の皆川賢太郎(32)と結婚することが分かった。きょう11日に都内で婚姻届を提出、18日に結婚報告の会見を行う。挙式は五輪後になるという。
 モーグル界のアイドルとして人気を集めてきた上村と、“スキーの革命児”の異名をもつ皆川。上村のブログには、未明から「相手が彼ならば世の上村さんファンも納得」「愛ちゃんこうゆうことか~やられた!!」「早くベイビー期待したいですね」など、お祝いメールが続々と寄せられている。
 2人の交際は、約2年前から始まり、焼肉店やラーメン店などで仲むつまじく食事をする姿や、ドラッグストアで買い物する姿が目撃されており、周囲では公然の仲。女性誌では、都内の家賃40万円の高層マンションで同棲しているとも報じられ、海外遠征に向かう皆川を上村が成田空港まで見送ることもあったという。
 上村は2008年のW杯で日本人として初めてモーグル種目別優勝。今年3月に開催されたフリースタイル世界選手権女子モーグルとデュアルモーグルでも日本人初の2冠を獲得した。これまで不安定だったレース前のメンタル面にも、交際はいい影響を与えていたようだ。
 上村と皆川は所属事務所の先輩、後輩の間柄。皆川は一部スポーツ紙の取材に「何とはなしに付き合うようになり、僕から自然とひかれていきました」と明かしている。
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by azatsu0422 | 2009-06-11 11:03 | スポーツ
2008年 07月 28日

46年ぶり「夏」の甲子園に出場した慶應の強さは本物か?

「陸の王者慶應~♪」と誇らしげに歌う慶應の応援歌「若き血」は、相応の結果がついて来ないと、古豪の年寄り臭い回顧趣味に過ぎません。かといって、相応の結果があったとしても、慶應関係者以外の立場にしてみれば、「若き血」は自己讃美の嫌味な歌です。

ただ、この半世紀に限って言えば、慶應は高度成長期が始まる頃から加山雄三が演じた「若大将シリーズ」の爽やかなヒーローの雰囲気で世間を押しまくり、そして、鼻持ちならぬ嫌味を自身に対するプレッシャーに転化しながら、独立自尊の精神で、独自の私学の道を歩んでいたように感じています。
これは、この半世紀に限らず、創立以来150年間ずっとブレずに徹して来たことが義塾の誇りのようですが、何はともあれ、国内の私学としては比較的磐石な経営状況、学術面をはじめとする様々な社会的成果、そして安定した志願者数の確保と卒業後の進路実績、そして各界における一部OBの派手な活躍、といった、誇らしい結果の自負があるのでしょう。

さて、1学年で18クラスあり、往年は800人余、近年でも720人前後の慶應少年を毎年輩出して来た慶應高校(塾高)ですが、スポーツについては各地の逸材をスカウトして来る他の強豪校と比べて人材面の劣勢はどうしようもなく、また神奈川県は高校数も多くて激戦区でもあり、「ドカベン」が連載されていた頃には、既に甲子園が遠い存在だった気がします。

そんな塾高が2005年の春の甲子園(第77回選抜高校野球大会)へ45年ぶりに出場してベスト8に進出、今年(2008年)も春の甲子園(第80回記念選抜高校野球大会)に出場しましたが初戦で敗退しました

塾高にとって激戦区の神奈川が南北の2地区に分かれたことは、夏の甲子園をリアルに感じさせて、モチベーションを盛り立てたのだろうと思います。「慶應の強さは本物か?」という疑問に対して、「春(選抜)だからなぁ…」と半信半疑でしたが、着実に全国区の強さを身につけているように感じていました。それが、今回の県大会決勝戦で確信できました。

慶應はスポーツの逸材であっても、それだけでは入れない学校なので、将来、プロ野球でドラフトの目玉になる、といった超高校級のスター選手が何人もいるような派手なチームは編成できませんし、ハンカチ王子のような王子様も現れそうにありません。地味な選手ばかりで、カネ持ちボンボンが集まる慶應、といった連想から、軟弱なイメージもあるでしょう。応援歌は嫌味だし、中身が乏しいくせにキザな感じの慶應OBが排他的な集団になって周りの迷惑に配慮せず盛り上がる場面も多々あるでしょうから、周囲にそのような先入観を与えていることもあるでしょう。

でも、「心を一つにした平凡な選手達の挑戦」という志こそ、高校野球の夢の一つでもあるわけです。そういう面で、慶應は、実は泥臭くて応援しがいのあるチームです。

巨人軍の若大将だった原辰徳を輩出した、名門・東海大相模を相手に、決勝戦の9回で追いつき、延長戦で破った粘り強い野球は、慶應ラグビー「炎のタックル」に通じる気力の賜物。甲子園で5回、できれば6回ほど、こういう試合を再現して欲しいな、と願っています。


夏の甲子園、55代表校が決定 慶応、関東一、近大付が決まる
共同通信 2008年7月27日 17時47分

 第90回全国高校野球選手権大会(8月2日から17日間・甲子園)の代表校に27日、慶応(北神奈川)関東一(東東京)近大付(南大阪)が決まり、55の出場校が出そろった。地方大会の最後を飾るにふさわしく東西で息詰まる試合が繰り広げられた。北神奈川では9回に2点差を追いついた慶応が延長13回に3点を奪い、46年ぶりの出場。南大阪では近大付が延長12回、サヨナラ勝ちした。


北神奈川代表は慶応に決定!(7月27日)
2008年07月27日

夏の高校野球・北神奈川大会は27日、決勝が行われました。センバツに出場した慶応と、3年連続決勝進出の東海大相模との一戦は大熱戦となりました。31年ぶりの夏の甲子園を狙う東海大相模は4回、主砲・大田の本塁打で先制します。大田は今大会5本塁打で、神奈川県新記録。さらに通算65本塁打として清原和博内野手(現オリックス)の記録を超えました。東海大相模が2点リードで迎えた9回に慶応が追いついて延長戦へ。そして13回、慶応は3番手として登板した大田から山崎の本塁打などで3点を奪って、46年ぶり17度目の甲子園出場を決めました。

▽決勝
慶応 9-6 東海大相模
慶応は46年ぶり17度目の出場

■関連リンク
第90回全国高校野球選手権北神奈川大会・大会情報(スポーツナビ)
第90回全国高校野球選手権北神奈川大会・過去データ(スポーツナビ)
スポーツナビ「第90回全国高校野球選手権地方大会」特集


<夏の高校野球>古豪対決は慶応に軍配、松商を制す 
2008年8月5日 15時58分

 第90回全国高校野球選手権記念大会(日本高校野球連盟、朝日新聞社主催)第4日の5日、第3試合は、46年ぶり17回目出場の慶応(北神奈川)と、全国最多の35回出場を誇る松商学園(長野)の古豪対決となり、6-4で慶応が勝った。
 1点をリードされた慶応は二回2死一、三塁から斉藤の右前適時打で追いつくと、続く溝口が中越えの2点三塁打を放ち、逆転。さらに、内藤の内野安打で、この回計4点を奪った。さらに、三回と四回にも1点ずつ挙げ、試合を決めた。
 松商学園は二回2死三塁から丸山の中前適時打で先制。九回も無死二、三塁と攻め、小原の左犠飛などで2点差まで詰め寄ったが、あと一歩及ばなかった。【デジタルメディア局】


<夏の高校野球>慶応、零封リレーで高岡商降す
2008年8月11日 14時04分

 第90回全国高校野球選手権記念大会(日本高校野球連盟、朝日新聞社主催)第10日の11日、第2試合は慶応(北神奈川)が高岡商(富山)を5ー0で降した。慶応は第13日の第2試合で青森山田(青森)と対戦する。
 慶応は三回、1死二、三塁から福富が三遊間を破る適時打と鈴木裕の中越え2点二塁打で3点を先取。五回にも福富の左翼への適時二塁打で加点した。
 高岡商は三回2死二、三塁の好機に得点できず。慶応の田村、只野の継投に打線が沈黙した。【デジタルメディア局】


慶応5-0高岡商 慶応が必勝リレーで快勝
共同通信 2008年8月11日 14時32分

c0019485_15224167.jpg  慶応-高岡商 3回表慶応2死一、二塁、鈴木裕が中越えに2点二塁打を放つ=甲子園

 投打がかみ合った慶応が快勝した。3回に福富の左前打と鈴木裕の二塁打で3点を先制。5、8回にも加点し、突き放した。好機に打席が回った右打者が、左腕福島から全打点を挙げた。投げては先発の田村が変化球を低めに集めて6回を無失点。7回以降を只野が抑えた。岡商は打線が的を絞りきれず、5安打に封じ込まれた。
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by azatsu0422 | 2008-07-28 12:40 | スポーツ
2007年 10月 29日

永く語り継がれると思います。

最終日の山場と言われた16番からのプレーを幸運にもテレビで見かけて、一気に惹き込まれました。
どんな世界でも、老いと共に過去の人と忘れ去られる事が大なり小なりあると思いますが、強い気持ちと様々なご縁に恵まれれば、必ずしもそうじゃない…、と信じられます。
末永く語り継がれる一戦になると思いました。


<日本シニアゴルフ>青木が逆転V 65歳エージシュートで [ 10月28日 22時38分 ]

 男子ゴルフの日本シニアオープン選手権は28日、熊本県菊池市のくまもと中央CC(6965ヤード、パー72)で最終ラウンドを行い、青木功が通算12アンダーで、シニア最年長記録となる65歳1カ月で10年ぶり5回目の優勝を飾った。賞金は1600万円。
 首位と6打差の5位タイでスタートした青木は、8バーディー(1ボギー)の65で回り、年齢以下のスコアでラウンドする「エージシュート」を達成、逆転優勝に華を添えた。
 11アンダーの首位でスタートした室田淳は、イーブンパーに終わり、昨年に続いて2位。尾崎健夫が10アンダーで3位。3連覇を狙った中嶋常幸は通算6アンダーの6位タイだった。
 ▽室田淳(シニアの賞金王が決まるも) うれしくないよ、今は。(青木さんとは)実力差だな。もう引退しようかな。ゴルフが下手だよ。
 ▽樋口久子・日本女子プロ協会会長 素晴らしいですね。シニアは若い室田選手や尾崎健夫選手などいるのにね。公式戦で勝つことも大変だけど、エージシュートなんてすごいです。65歳でもまだまだがんばれる、ギャラリーを喜ばせるいいプレーをしたいと、昨日テレビのインタビューで言ってましたが、多くの人に夢、勇気を与えたんじゃないかと思います。こつこつやってきた結果でしょうね。
 ◇世界のAOKI、久々に胸のすく活躍
 「59歳で勝ったのが最後だったからな。長くやっていると、いいこともあるもんだ。まあ、ゴルフだけをやらせてくれる家族らの支えがあればこそだね」
 会見場に姿を見せた青木。一口水をふくむと、どんどんしゃべり始めた。「後半31か。普通、こんなスコアで回れないよ。見上げたもんだ」
 話は優勝のポイントへ。「16番のパット(下りの2メートル)だな。強めだと左、弱ければ右。4日間で一番難しいパットだった」
 球はカップの縁をなめるよう反時計回りに半周して沈んだ。難しいタッチとラインを読み切った、この七つ目のバーディーで青木の目に優勝を狙う色がはっきり宿った。
 さらに青木が言及したのが、1個のボギー。
 「二つ伸ばして欲が出た所で、7番のボギーだろ。冷静になれたね」
 このところ事前に自らスコアを作ってプレーする傾向があったというが、1個のボギーをヒントに8個のバーディーを積み上げた。世界のAOKIが、久々に胸のすく活躍を演じた。【籔田尚之】
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by azatsu0422 | 2007-10-29 09:35 | スポーツ
2007年 10月 22日

ホッとした・・・。

私自身は松井秀喜選手のファンなので、宿敵レッドソックスに「やられた」という立場ですが、今となっては、レッドソックスと松坂投手に、ヤンキースと松井秀選手を(良い意味で)刺激するような結果を出して欲しいと願っています。もっとも、ヤンキースと松井秀選手は、トーリ監督退団の影響で、そんな気分になれないかも知れませんが…。

松坂投手は鳴り物入りで大リーグ入りして、報道されていること以上に様々な困難や試練があったと思いますが、やはり、日本球界の誇りとして、大リーグで偉業を成し遂げて欲しいと思っていました。だから、この一勝には「ホッとした」というのが素直な気持ちです。

松坂投手は、あらゆる面で物凄い重圧を背負い込んでいたと思います。重圧をはねのけて現代のヒーローとなるためには、この一戦でノーヒットノーランや完封勝利、といった派手な結果を当然のように求められていたのかも知れません。でも、それは周囲が勝手にエスカレートして期待したイメージです。これまでの状況から、今日の投球内容と結果を出せただけでも、常人離れのタフな精神力の証、と称賛すべきではないでしょうか。

何と言っても、これまでの報道から窺い知る限り、レッドソックスの監督をはじめ同僚が、松坂投手を全面的に信頼して、温かく見守り、応援している様子でした。これは、松坂投手を単なる戦力だけでなく、ひたむきな姿勢や人柄を含めて好意的に受け止められていて、チームに良い影響を与えて来たことの証左ではないでしょうか。そうであるなら、日本人として誇らしくて、素直に嬉しいです。

この勢いに乗って、ワールドシリーズで凄い投球をして欲しいと祈っています。

それにしても、イチローと松井秀の両選手がワールドシリーズに縁遠くて、次々と他の日本人選手がワールドシリーズに出場して行くのが、何とも皮肉なことだと思うのは私だけでしょうか…?


RソックスがWシリーズへ 松坂、日本投手で初白星 [ 10月22日 13時30分 ] 共同通信

c0019485_1514127.jpg インディアンスを下してリーグ優勝を決め喜ぶレッドソックスの松坂=21日、フェンウェイ・パーク(共同)

 【ボストン21日共同】米大リーグ、レッドソックスの松坂は21日、フェンウェイ・パークで行われたインディアンスとのア・リーグ優勝決定シリーズ(7回戦制)の3勝3敗で迎えた第7戦に先発、5回2失点で勝ち投手となり日本の投手としてポストシーズンで初白星。岡島も0点に抑える好投。チームは11-2で勝ち3年ぶり12度目のリーグ制覇を果たし、ワールドシリーズに進出した。


<大リーグ>松坂が勝ち投手、Rソックス、リーグ優勝決める [ 10月22日 13時03分 ]

 【ボストン高橋秀明】米大リーグ、ア・リーグ優勝決定シリーズ(7回戦制)のレッドソックス(東地区1位)―インディアンス(中地区1位)第7戦は21日、当地のフェンウェイ・パークで行われ、松坂が先発したレッドソックスが11―2で大勝し、4勝3敗で3年ぶり12回目のリーグ優勝を決めた。松坂は5回6安打2失点でポストシーズン初勝利を挙げた。三回まで1安打無失点だったが、四回に2本の二塁打で1失点。五回にも2安打と犠飛で1点を返され、この回で降板した。六回からは岡島が2番手で登板し、2回3分の0を無失点と好投。七回1死一、三塁のピンチは三ゴロ併殺打で切り抜けた。
 ナ・リーグを制した松井稼のロッキーズ(ワイルドカード=最高勝率の2位球団)は、本拠地デンバーのグラウンドが積雪で使えず、室内練習場で調整した。ワールドシリーズ(7回戦制)は24日(日本時間25日)、当地で開幕する。
 ◇制球重視で雪辱果たす
 フィールドに松坂が姿を現すと、試合前にもかかわらず、ファンが鳴らす指笛が止まらなくなった。ア・リーグ王者が決する運命の第7戦。春夏の甲子園、そして国・地域別対抗戦「WBC」の決勝でチームを頂点に導いた松坂の耳にも、ボストンの期待が風に乗って届いたはずだった。
 新人がリーグ優勝決定シリーズの最終第7戦に登板するのは史上初めて。しかし、大舞台でこそ真価を発揮してきた松坂は一回、1番・サイズモアのバットを148キロの内角速球で真っ二つに折って上々のスタートを切ると、制球重視の投球で5回を2失点に抑え、バトンを岡島に渡した。
 プレーオフでは2試合に先発し、いずれも五回途中で降板。リーグ優勝決定シリーズ第3戦でノックアウトされて、屈辱の敗戦投手となった夜は、気持を整理しきれず、試合後1時間以上たっても、ユニホーム姿のまま、クラブハウスの壁に向かって考え込んだ。三度、同じ失敗を犯せば、WBC最優秀選手など過去の偉業は、昔の出来事として色あせかねなかった。
 「このままでは終われない」。松坂は投げ込みを続け、雪辱の機会を待った。レッドソックスは1勝3敗からタイに持ち込み、「大輔ほど精神的にタフな投手を見たことがない」と話したことがあるフランコナ監督は、屈しない心を持つ背番号18をマウンドに送った。松坂は期待に応えて日本人プレーオフ初勝利を飾り、ワールドシリーズへの重い扉をこじ開けた。【高橋秀明】
 ○…ここまでプレーオフ4試合に登板して無失点のレッドソックス・岡島が、リーグ優勝決定シリーズ第7戦でも2回3分の0を無失点に抑えた。先発の松坂が四、五回に1点ずつを失い、リードが1点に縮まった六回から登板。七回に遊撃・ルーゴが飛球を落球したのをきっかけに1死一、三塁のピンチを招いたが、ブレークをチェンジアップで三ゴロ併殺に切って取った。「負けられない場面で勢いを止めるのが僕の役割」という通りの火消しぶりで、チームの危機を救った。


第7戦リベンジ先発へ松坂がやる気満々「とにかく投げたい」 [ 10月21日 08時05分 ]
サンケイスポーツ

 【ボストン19日(日本時間20日)】2勝3敗とインディアンスに追いつめられているレッドソックス・松坂大輔投手(27)が、先発予定の第7戦(同22日午前9時開始)に「投げたい」と強い意欲を表明。第3戦では敗戦投手になったが「やり返したい」と逆転優勝を誓った。
 まっすぐ前を見つめていた。もはや悲壮感はない。松坂は燃えていた。
 「第7戦? 来てみないと分かりませんね。今の段階では、とにかく投げたいと思っているし、(7戦まで)来てほしいと思っている。ボクはこのままでは終われないですから。やり返したい」
 日本の報道陣を圧倒するような気迫の決意表明。それは西武入団1年目の99年、自ら発言して流行語大賞となった「リベンジ」をほうふつさせる熱い言葉だった。
 まさに「やり返したい」思いでいっぱいだ。敵地での初戦を任された15日(同16日)の第3戦では、五回もたず(4回2/3)に4失点降板して負け投手に。エンゼルスとの地区シリーズでも第2戦に先発し、チームは逆転サヨナラ勝ちしたが、自身は2点のリードを守れずに、4回2/3で3失点降板している。このままでは終われない。
 大事なポストシーズンで2試合連続で期待に応えられなかったことで、この日、テリー・フランコナ監督(48)の会見では「松坂の起用にためらいはないのか」との屈辱的な質問も飛び出した。それでも同監督は「7戦目までいけば、とてもエキサイティングだし、ダイスケ以外にだれが投げるんだ」と擁護した。
 だからこそ、結果を残すしかない。松坂は雨の降るなか、遠投や近距離のキャッチボールで全力に近い球を一心不乱に投げ込んだ。勝って“雑音”を封じ込めるためだ。
 「この世界は結果がすべて。プロですから、結果を残さないと意味がない。明日は必死に応援するだけです」。20日(同21日)は第6戦先発の“兄貴分”カート・シリング投手(40)に勝利を託し、松坂はリベンジの瞬間を待つ。その先にあるワールドシリーズのために。
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by azatsu0422 | 2007-10-22 15:10 | スポーツ
2007年 10月 08日

永く忘れられない名選手。

広島球場での佐々岡投手の引退登板に続き、古田選手の引退試合。名選手が引退して寂しいですね…。
元日本代表バッテリーの同期・佐々岡投手の志願登板にブラウン監督の温情、高々と胴上げ、夫婦の抱擁…。コテコテの演出でしたが、まぁいっか。堅いこと抜きで良かったなぁ~と思います。

それにしても選手兼任監督は、古田選手ほどの人でも残念な結果に終わってしまいました。

師匠と言われる野村監督への挑戦だったのでしょうか?
現役選手と管理者の間で、現役への未練や管理者の立場に葛藤があったのでしょうか?
古田選手が、誰よりも現場(選手)とファンを大切にする人であることは、労組プロ野球選手会会長のリーダーシップを通じて明らかでした。

真意は本人のみぞ知る事で、私のごとき「にわか野次馬ファン」が立ち入られる話ではありません。ただ、今季が全く評価できない成績に終わっても、マスコミを含めて古田選手の健闘を称える雰囲気こそあれ、強く非難する気配が無かったのが、古田選手の築いてきた実績と本人のお人柄を裏づけていると思います。

私が今さら指摘するまでもなく、選手兼任監督は人の能力の問題ではなくて、管理者・監督が選手の立場で判断すると、勝てない場面があるでしょうし、第一級の選手としてのパフォーマンスを維持するのが片手間では出来ない現実もあることから、兼任そのものが矛盾していたのかも知れません。誰もが思い浮かぶ懸念を全て承知の上での挑戦でした。
それだけに、今回の退き際が鮮やかなのは、本人のけじめだったのかも知れません。

それでも、次は名監督・古田の登場を待っています。


<ヤクルト>古田選手兼任監督が引退試合 ファンに別れ
[ 10月07日 22時47分 ]

 ヤクルトの古田敦也選手兼任監督(42)の引退試合が7日、神宮球場でのホーム最終戦、広島24回戦で行われた。「5番・捕手」で4月19日以来の先発となった古田監督はフル出場し、4打数無安打だった。
 試合後のセレモニーで、古田監督は時折言葉に詰まりながらあいさつ。本塁付近で胴上げされたあと、サインボールをスタンドに投げ入れながら、場内を一周し、今季最多の3万3027人を集めた本拠地でファンに別れを告げた。
 ヤクルトは8、9日の横浜戦(横浜)で全日程を終えるが、古田監督は「今日でひと区切りと思っていた」と話し、この日の広島戦が選手としての最終戦となりそうだ。
 ◆古田監督のあいさつ◆
 朝起きたとき、いよいよこの日が来たなと思った。あっという間に終わってしまった。両親には本当に感謝しています。チームメートとコーチ、スタッフのみなさん、本当にありがとうございました。いい仲間とめぐり合えて、ここまでやれたと思っています。
 そしてスワローズファンのみなさん、何度も心が折れそうになったり、弱気になったり、いろんなことがあったんですけど、みなさんの声に支えられました。18年間、本当にありがとうございました。また、また会いましょう。
 ▽妻・美穂さんのコメント 妻の目から見ても過酷な毎日でしたが、気負いなく過ごしていたように見える一方、本人の中ではさまざまな苦労や葛藤もあったと思います。支えてくださったのは、ファンの皆様の存在だったと強く感じています。野球に関してのさまざまな経験は、私にもたくさんの幸せをもたらしてくれました。ファンの皆様、本当にありがとうございました。
 ▽母・康子さん 18年間は長かったけど、もう終わりか……という気持ちです。いろいろと喜ばせてもらいました。一番うれしかったのは、優勝して一緒に海外旅行に連れて行ってもらったことです。18年間、お疲れ様でした。
 ▽ヤクルト・青木 4年間一緒にやれて良かった。技術的な面だけでなく、一打席を大事にして、集中して打席に立つことなど、さまざまなことを勉強させてもらいました。
 ▽ヤクルト・鈴木球団社長 スワローズの名捕手として18年間活躍し続けた雄姿を神宮で見ることができなくなるのは残念。多くのファンに惜しまれ引退することは、選手冥利に尽きるのではないか。それも古田監督の偉業によるものだと思う。
 ◇番号「27」のボード、大きく揺れる…神宮球場
 ヤクルト・ファンも、広島ファンも、関係ない。神宮球場は、この日のために約4万枚用意された背番号「27」のボードがスタンド中で大きく揺れた。
 八回2死一塁。広島のブラウン監督が動いた。マウンドに上がったのは、前日、広島で引退試合を行ったばかりのプロ同期生、佐々岡だ。「自分から投げたいと伝えた」。社会人時代には全日本でバッテリーを組んだこともある佐々岡の心意気に、古田監督はフルスイングで応えた。
 「毎日考えて、精いっぱいやってきて、後悔はないつもり」。全力を積み重ねてきた18年間。本拠地での最終打席は遊ゴロに終わったが、表情に悔いはない。

 球場周辺には、前日から席取り用シートが張られ、開門時には約8000人が行列を作った。Tシャツなど監督関連グッズもこの3日間で約5万個が完売した。
 18年間、全力プレーでファンをひきつけつけてきた神宮球場のマウンド付近での引退セレモニー。いつまでも、退団を惜しむファンに向かって、こんなメッセージを古田監督は贈った。
 「また、また会いましょう」
【村田隆和】
 ○…ヤクルトの九回のマウンドに立ったのは、守護神として古田とともに長くチームを支えてきた高津だった。「古田さんと抱き合ったり、握手した回数は僕が一番多いはず」と話すだけに、思い出も多く、2アウト後は「グッとくるものがあった」という。最後の打者・緒方を空振り三振にとり、きれいにフィニッシュ。「気持ちよくユニホームが脱げる環境を作りたかった」と、少し潤んだ目で話した。
 ○…古田の幅広い交友を示すように、クラブハウスには広告代理店やテレビ局、ロッテ・小宮山や米大リーグ・デビルレイズの岩村ら、多くの関係者から花が届いた。昨年まで同僚だった岩村は「多くのことを教えていただき、それが自分のもとになっています。ただただお疲れ様でした」とコメントを寄せた。
 ○…労組プロ野球選手会の事務局スタッフが、試合前のクラブハウスを訪れ、前会長・古田の労をねぎらった。
 会長職を最長の7年間も務め、04年の再編騒動で強力な指導力を発揮した古田は、選手会にとって「特別な人」(松原徹事務局長)。04年の選手会ストライキが解決した際の新聞号外に寄せ書きしたものが、記念品として贈られた。
 松原事務局長は「アマとの関係改善に尽力したのが思い出深い。『行動すれば状況は変えられる』ことを教えてくれた」と功績をたたえた。


ありがとう古田敦也…燕の背番号「27」が現役生活に終止符
[ 10月08日 08時05分 ] サンケイスポーツ

c0019485_15312884.jpg (セ・リーグ、ヤクルト3-6広島、最終戦、広島13勝11敗、7日、神宮)ありがとう。さらば不世出の名捕手-。今季限りで現役引退、退団するヤクルト・古田敦也兼任監督(42)が7日、今季本拠地最終戦となる広島戦(神宮)に「5番・捕手」で先発出場。チームは3-6で敗れ、自身も4打数無安打に終わったものの、18年間つけた背番号「27」の雄姿をファンの目に焼き付けた。
 最後の最後までファンのそばにいたい。ロッカールームに引き揚げる途中、右翼フェンスによじ上った古田兼任監督に、3万3027人からの「古田コール」が滝のように注がれた。
 「あっという間でした。今の気持ちは感謝でいっぱいです。支えてくれてありがとう」。笑顔を見せようとしたが、熱いものをこらえきれない。瞳にはうっすらと涙が浮かんだ…。
 4月19日以来、今季3度目の先発で5番。4打席の結果は右飛、遊飛、中飛、遊ゴロ。快音は響かなかったが「いい思い出になりました」とラストゲームを満喫し、ホームベース上で5度、宙を舞った。
 「メガネの捕手は大成しない」と指名されなかった立命館大時代のドラフトから始まった「負けず嫌い」(本人談)の野球人生。ヤクルト入団後は野村監督(現楽天)からマンツーマンで指導を受け、あっという間に球界随一の捕手になった。「ID(データ重視)野球」を打撃にも取り入れ91年には首位打者。05年には大学生・社会人経験者初となる通算2000安打も達成した。
 だが、選手としての限界が突如やってきた。昨季は代打も含め36試合に出場しただけ。痛めた右肩の状態が深刻だった。今春のキャンプでは、キャッチボールでも少しずつ距離を伸ばし、気温が上がるまでシートノックもパス。最善を尽くしたが、思ったほど良くならない。
 シーズンが始まってからも、肩の筋肉を補うため他の選手が帰ってからウエートトレ。前半戦、自らを出場選手登録し続けたことで「なぜ試合に出ないのか」と批判を浴びたが、黙々とフリー打撃を続けたのも、ファンの期待に応えるためだった。出場する機会をうかがっていたが、だんだん「後進に道を譲るべきだ」との思いに勝てなくなった。
 そして、ついに“その日”が来た。「長いことプロやってるからこれでも感覚は取り戻せるよ」。引退表明(9月19日)の2日前にバッティングマシン相手の孤独なキャッチング練習を開始。プロとして、最後の舞台を締めくくる、静かな作業を始めた。
 前日6日の試合後に、全コーチのロッカーにサイン入りバットを1本ずつ置いた。「みんな記念に欲しいけど、こっちからは言い出せない。監督の気配りだった」と杉村打撃コーチ。2年間、兼任監督を支えたコーチ陣へのささやかな感謝の証。もう使うことのないバットを置き土産にした。
 9日の横浜戦(横浜)でシーズンを終えると、長年の夢だった世界旅行に出かける。労組・選手会の会長として球界再編のカジを切り、「理想の上司」のトップに挙げられる42歳は、またひと回り大きくなる旅に出る。セレモニーを「また会いましょう」と締めくくった古田兼任監督。記録も記憶も残した男は、いつの日か再び無限の可能性を秘めて球界に戻ってくる。
〔写真:最後までファンと一緒に。古田兼任監督が詰めかけた大観衆に別れを告げた〕


古田涙の神宮舞い「また会いましょう」
[ 10月08日 06時12分 ]

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胴上げされる古田監督

 【ヤクルト3-6広島】さようなら、そしてお疲れさま。ヤクルトの古田敦也選手兼任監督(42)が7日、本拠地最終戦となった広島戦(神宮)で先発出場し、18年間の現役生活に幕を下ろした。“引退試合”には超満員3万人の観衆が詰め掛け、神宮の杜には「古田コール」が鳴り響いた。眼鏡をかけた捕手、闘う選手会長、そして兼任監督…。球界に数々の新風を吹き込んだ希代の名捕手は、最後までファンに愛され、グラウンドに別れを告げた。
 18年間、守り続けたホームベースの上で27番は5度宙に舞った。「これで終わりなんだな…」。寂しさはあっても悔いはない。だから笑顔だった。「やめないで…」「また戻って来いよ」。ファンの大歓声に包まれて古田監督は「何度も心が折れそうになりましたが、皆さんの声に支えられました。また会いましょう」と言った。9月19日の退任&引退会見とは違う。目に光るものがあっても表情は穏やかだった。
 サインボールを投げ入れての場内一周。クラブハウスに戻ろうとすると高津とラミレスに右翼スタンドへ促された。お尻を押されてフェンスを登ると目の前には誰よりも愛したファンが待っていた。「18年間で一番の思い出は01年の優勝。最後は捕飛で終わったし(左ひざの)じん帯が切れたりもしたので…」。本拠地で近鉄を撃破してつかんだ日本一。その時と同じパフォーマンスで最後の別れを告げた。
 「勝てなかったのが残念だけど…。でも、これだけ声を掛けられて幸せと思う」。171日ぶりの先発マスクは存分に楽しんだ。8回は石井一、9回は高津。黄金期を一緒に支えた戦友とバッテリーを組んだ。バットから快音はなかったが、8回2死一塁の最終打席では、同じく今季限りで引退する佐々岡と対戦し「最後にいい相手とできた」。遊ゴロのフィナーレでも充実感がこみあげた。
 巧みなインサイドワークで「ID野球の申し子」と称賛され、大学、社会人経由では史上初の2000安打も達成。日本一も4度経験するなど、常に日の当たる道を歩んできた。しかし、兼任監督の2年間はジレンマとの闘いだった。昨年右肩痛が悪化すると、今季も状態が上向くことはなかった。就任時に球団から約束された補強面も大きな協力を得られなかった。自身の出場と後継者の育成。シーズン中は2つの難題の間で苦悩した。
 それでも兼任監督だからこその喜びもあった。06年5月2日・広島戦(神宮)でサヨナラ打を放つと、石井一、宮本らが「監督賞」ならぬ「選手賞」を贈ってくれた。普段は出すばかりの金一封。「今でも飾っていますよ」。クラブハウスの監督室に今でも宝物としてご祝儀袋が大切に保管されている。
 球史を塗り替えた名捕手にヤクルト本社は功労金を贈ることも検討。それだけの功績は残した。これで引退セレモニーは終わった。それでも8日、9日の横浜戦(横浜)が残っている。「これで一区切り。でも、含みは残しませんよ」。あと2試合。最後は指揮官としての任務をまっとうする。


夫人、両親も「過酷な18年」ねぎらう [ 10月08日 06時12分 ]

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<ヤ・広>美穂夫人からねぎらわれる古田

 【ヤクルト3-6広島】ヤクルト・古田兼任監督の美穂夫人(フリーアナウンサー)はスタンドで古田監督の雄姿を見届け「お疲れさまです。18年間の野球人生は妻の目から見ても過酷な毎日でした」と振り返った。セレモニーではマウンド上で涙を浮かべて夫と抱擁し、苦労をねぎらった。父・英夫さんと母・康子さんもスタンド、貴賓室で観戦。康子さんは「18年間は長かったけれどもう終わりかという気持ち。いろいろと喜ばせてもらった」と感無量の面持ちだった。


同期・佐々岡 古田との対戦に志願登板
[ 10月08日 06時12分 ]

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<ヤ・広>同じく今年限りで引退する佐々岡に花束を渡す古田

 【広島6-3ヤクルト】ヤクルトの古田と同じ89年ドラフト組で今季限りで引退する広島の佐々岡が、引退試合での最後の打席で対戦相手を務めた。アマ時代に日本代表でバッテリーを組んだ経験があり、前日6日に地元で自らの引退試合を終えたばかりの佐々岡が志願登板。予想していなかった展開に球場全体が大歓声に包まれた。「最後のわがままをブラウン監督にも聞いてもらった」として佐々岡は古田を遊ゴロに仕留め「全部真っすぐを真ん中に投げるつもりだったけど、球が遅すぎた。凄くいい思い出になりました」と感慨に浸っていた。


佐々岡「らしい」?ラスト登板 [ 10月07日 06時12分 ]

<広・横>引退セレモニーを終えナインに胴上げされる佐々岡

c0019485_15574398.jpg 【広島10-1横浜】9回2死から「投手・佐々岡」がコールされると、広島球場の2万9776人のファンは総立ちになった。地元最終戦でのラスト登板。大歓声の中、村田に137キロを左中間席に運ばれたが「真剣勝負にいって打たれた結果。悔いはない」。続く鈴木尚は空振り三振に仕留め「ホームランの後に三振で終わる。僕らしくていいかな」と笑った。
 女手一つで育ててくれた母・江美子さん(78)に、食事面でのサポートを惜しまなかった優子夫人(38)、1年先に広島に入団した西武・江藤も応援に駆けつけた。「夢だったカープのユニホームをきょうまで着られて本当に幸せな男。お立ち台のファンの声援は今となっては宝物です」。91年の最多勝とMVP、史上2人目の先発100勝&100セーブ…。ナインに胴上げされた40歳は涙は見せず、18年間の現役生活に別れを告げた。
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by azatsu0422 | 2007-10-08 15:11 | スポーツ
2007年 05月 23日

投資家と実業家の違い

それぞれの立場から一人の人物の考え方や判断を対象させて、投資家と実業家の違いを論じるのは乱暴ですが、でも、さもありなん…という感じはしました。

私が慕うブロガーのnaripon氏は、ヤンキースの負けが込んでる中で、特に松井秀選手に関係しない事にはノーコメントかも知れませんが、どんな風に感じるのかな…と思いました。

ちなみに拙ブログで松井秀選手が怪我をするずっと前に、松井秀喜特集で記事をスクラップしていましたが、途中で完全に止まってしまったのは…、ナリポン氏のブログに出会い、己のハンパ加減に呆れつつナリポン氏に惹かれたからでした。


松坂獲得の100億円超、レ軍早くもモト取った!? [ 05月22日 17時05分 ]
夕刊フジ

 米大リーグ、レッドソックスで活躍中の松坂大輔投手(26)。現在9試合に登板し、6勝2敗とまずまずの成績を残している。だが、同球団が松坂獲得に要した移籍金と6年契約の年俸は総額100億円を超える。松坂の仕事ぶりは、この破格の投資額に見合うのか。専門家が下した判断は-。

 【15勝ペース】
 全162試合中、約4分の1にあたる43試合を消化し、30勝13敗(21日日現在)。レッドソックスはア・リーグ東地区で2位オリオールズと3位ヤンキースに10.5のゲーム差をつけて首位を独走している。
 移籍金なしのFAで、しかも2年約2億9000万円の安さで獲得した元日本ハムの岡島秀樹投手(31)が連続無失点記録を「19」(防御率0.42)に伸ばすというオマケ付きだ。
 30勝のうち松坂が稼いだ白星は6。大リーグ初挑戦の新人にしては上々のようにみえる。では、この成績、松坂獲得に要した100億円超に見合うものなのか。
 スポーツとファイナンスの関係に詳しい米系大手格付け会社、スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)の内誠一郎バイス・プレジデントは、「十分、あるいはそれ以上と認識しているでしょう」と断言する。
 同氏は昨年12月、慶応大学院生の伊藤晴祥氏、同大学生の岡野賢二氏とともに『ボストン・レッドソックスの支払った60億円の移籍金は合理的だったか?』とのリポートを発表。そのなかで「松坂が13勝以上を挙げ、契約年数の6年間すべてプレーオフに進出」との条件付きで、年俸を含めた総額100億円超の投資を妥当と結論づけている。
 「13勝としましたが、今のペースなら15勝は狙えます。松坂の貢献もあって首位を走っていますし、松坂グッズなども想定以上の売り上げのようで、私たちが試算したグッズなどの年間売り上げ6億円も上回りそうな勢いです」(内氏)
 これに加え、全米でのレッドソックスの話題向上や日本での球団知名度アップ、メディアが取り上げた回数などの経済効果を含めると、「レッドソックスの投資の判断は今のところは大成功と断言できます」(同)。

 【伝説の投資家】
 球団を「企業」、補強選手を「投資案件」に見立てた場合、オーナーのジョージ・スタインブレナー氏率いるヤンキースより、ジョン・ヘンリー氏のレッドソックスの方が上手のようだ。
 ちなみにヘンリー氏は「ジョン・W・ヘンリー&カンパニー」(本拠地フロリダ州ボカラトン)というヘッジファンドを経営。一方、スタインブレナー氏は造船業で富を築いた実業家だ。
 「松坂投手の代理人のスコット・ボラス氏が主張したという3年契約だったら投資額の回収は難しかった。そこを6年契約にしたのがポイント。これなら無理ではない。しっかり計算していますよ」(内氏)
 松坂の入札の際に約40億円を提示し、敗北したヤンキース。移籍金と5年契約の総額約54億円で元阪神の井川慶投手(27)を獲得したものの、目下、マイナーで調整中だ。
 リスクを嫌う傾向がある実業家と、ある程度のリスクは覚悟する投資家の違いが選手獲得にも表れ、それが戦績につながっているようだ。
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by azatsu0422 | 2007-05-23 13:04 | スポーツ
2007年 04月 12日

「平常心ではなかった」両雄の痛み分け。第三の男ヘルナンデスの勝利。裏MVPは城島選手?

試合そのものは、あわやノーヒットノーランか?…という、ヘルナンデス投手の好投と城島選手の好リードに尽きると思いました。断片的な報道からは、ヘルナンデス投手と城島選手が試合前からクールで控え目なコメントをして、大人の態度で振る舞っていたようでしたが、密かに松坂投手への闘志を燃やして、ルーキーに格の違いを見せつけたかったのではないでしょうか。

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特に昨シーズン中の報道を通じて城島選手がヘルナンデス投手のリードに苦労して来たことが私の頭の片隅にあったので、この試合を通じて城島選手が「ジャジャ馬馴らし」の成果をあげて、しかもバッティングでも松坂投手に痛打を浴びせたということで、城島選手は内心さぞ気分が良かっただろうと思います。

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松井秀選手のポリシーを借りれば、野球選手が「やるべきこと」とは「チームの勝利への貢献」に尽きますから、この試合は、両雄対決というよりも両チームの「バッテリー」対決で、その結果は、あくまでも日本の両雄に「喝!」であり、マリナーズのバッテリーに「あっぱれ!」だったと思います。



日米注目のドラマチックな対決は、両者「痛み分け」に終わりました。激しく厳しい「つばぜり合い」といった感じで、最高峰の舞台で全米にサムライの真剣勝負、決闘を見せたことが日本人として誇らしく思えました。

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イチロー選手は前の試合で三振が続き、調子が落ちて来てるのかな…と心配しましたが、「求道者」に対して素人の見立てで並の選手の如き調子の良し悪しを語るのは失礼と思い直しています。

一方の松坂投手も、何か本調子ではなさそうに思えました。そのような中で、「緊張はしなかったが、平常心ではなかった」という記事中のコメントに納得です。

イチロー選手と松坂投手の両選手ともメンタル面の問題があったのではないでしょうか。そうであって欲しいと思います。そのためにも、二人とも次の試合で本来の力を発揮すれば良いのですが…調子を落としていたり、技術的な問題を抱えていないことを祈るばかりです。


「いつもと違う瞬間」味わった=初球カーブに怒っていたかも-松坂の一問一答
2007/04/12-12:55

 レッドソックスの松坂は11日、本拠地フェンウェイ・パークで初めてマウンドに立った。マリナーズのイチローを4打数無安打に抑えたが、7回3失点でメジャー初黒星。地元デビューを終えての一問一答は次の通り。
 -初めての本拠地は。
 マウンドに上がる前、名前が呼ばれて、ファンからものすごい歓声をもらった。平常心を保つのに苦労した。このマウンドに立てたのも最高だったし、最初の打者がイチローさんであったのも自分にとってはよかった。
 -イチローと久々に顔合わせたが。攻め方は。
 (イチローが)日本からいなくなってからずっと対戦したいと思っていたので、あの瞬間はいつもと違うものがあった。
 打者を抑え、ファーストストライクを取ることはすごく重要。それを考えた結果(第1打席の)初球はカーブから入ったけど、見逃し方、見逃した後の雰囲気を見ると、イチローさんは少し怒っているのかなと感じた。
 -内容を振り返って。
 納得できるものはない。僕としては楽しみにしていた時間だったので、もっといいボールを投げられればよかった。
 -全体の投球内容は。
 最初からスライダーは抜けていたけど(調子が)悪いなりに何とか抑えようと思って投げた。寒さは気にならなかった。
 -城島には2安打。
 日本にいた時と同じ打たれ方をしたと思った。(ボストン時事)


安定感なかった=米大リーグ・レッドソックス監督
2007/04/12-12:30

 レッドソックスのフランコナ監督は、7回3失点でメジャー初黒星を喫した松坂の投球を、「カーブなどの変化球がいつものように安定していなかった」と、淡々と振り返った。イチローとの対決は4打数無安打に抑えたものの、序盤から制球が悪く、捕手のバリテックが構えたミットからボールが外れることもしばしば。相手先発のヘルナンデスが1安打完封の好投だっただけに、フランコナ監督は「あまり打たれてはいないけど、きょうは1失点でも多過ぎた」。(ボストン時事)


城島2安打「僕はオマケみたいなもの」 4月12日13時14分配信 日刊スポーツ

<レッドソックス0-3マリナーズ>◇11日(日本時間12日)◇フェンウェイパーク
 マリナーズ城島健司捕手(30)は松坂から二塁打2本を放った。それでも「松坂君はイチローさんで力を使い果たしたのでは。僕はオマケみたいなものですから」と謙そん。日本時代は松坂からプレーオフも含め6本塁打しており、相性の良さはメジャーでも変わっていなかった。
最終更新:4月12日13時14分


城島、新鋭右腕を好リード 打っては松坂から2二塁打
[ 共同通信社 2007年4月12日 15:48 ]

 イチロー、松坂の7年ぶりの再戦が注目された11日、好守に活躍が光ったのは城島だ。捕手として新鋭ヘルナンデスを1安打完封に導き「1球目にストライクを投げること。キャンプからそれしか彼(ヘルナンデス)には言ってない」と得意げに振り返った。
 21歳の右腕は160キロ近い速球が武器だけに力任せになりやすい。ボール先行で甘い直球を狙い打たれるパターンだけを避ければ、との思いは強かった。3点リードの8回、先頭打者に許した中前打で無安打無得点試合の夢は消えたが「何の問題もない。あれは(カウントを先行させようとした)初球をヒットにされたから」。捕手の目線で目的と手段、結果がそれぞれ明快に整理されていた。
 昨年、一部の地元メディアがヘルナンデスの不調を「城島の配球が原因」と決めつけたことがあった。「(ヘルナンデスも)やっと大事なことが分かったのでしょう」と城島。ヘルナンデスは今季17イニングを連続無失点、許した安打はわずか4。もうだれも城島を責めることはない。
 「日本人対決ちゅうても僕はあんまり関係ない。岡島さんと僕の“裏日本人対決”で盛り上がろうよ、と話してはいましたが」。打撃では松坂から二塁打2本。日本人捕手のパイオニアには胸のすくような夜だったか。(ボストン共同)


<大リーグ>松坂VSイチロー、4打数無安打に抑える [ 04月12日 09時32分 ]

 【ボストン(米マサチューセッツ州)村田隆和】米大リーグ、レッドソックスの松坂大輔(26)は11日(日本時間12日)、当地の本拠地、フェンウェイ・パークでのマリナーズ戦で2度目の先発登板をした。注目のイチロー(33)とのメジャー初対決は、一回の第1打席が投ゴロ、三回は中飛、五回は空振り三振。七回も二ゴロに打ち取って4打数無安打に抑え、松坂に軍配が上がった。2人の対戦は00年8月以来7年ぶりだった。
 松坂はこの日が本拠地デビュー戦。マリナーズの城島健司(30)に2本の二塁打を許すなど7回8安打3失点で降板し、メジャー初黒星を喫した。
 松坂大輔の話 すごい歓声で武者震いした。(イチローへの初球がカーブで)直球なら狙ってくるだろうし、優位に進めるには初球はストライクが取れたほうがいいと考えた。(イチローとの対決を)意識しすぎてはダメだと思っていたが、打ち取りたい気持ちが強かった。悪いなりにもきょうのような投球を続けていけば結果はついてくると思う。
 ◇松坂とイチローの第2章 今、幕開け
 カメラのフラッシュのまばゆい閃光(せんこう)が、松坂とイチローを包み込んだ。18.44メートルの空間を挟み、投打両雄のライバル心がむき出しになった。
 「最も対戦したい打者」と話したイチローとのメジャー初対決。一回表、その初球に松坂は78マイル(約125キロ)のカーブを投げた。真正面から向かうことは避けてでも、イチローの出塁を防ぐ勝負に松坂は出た。
 松坂は言う。「見逃した後の雰囲気を見て、(速球を投げず)怒っているのかなと思いました」。だが、イチローは違っていた。「ジーンときたわね」。と同時に、雑念が入らず、まっさらな気持ちで、最後の対決(00年8月)から約6年8カ月ぶりの対戦に向き合えたのだという。
 99年5月のプロ初対決。当時のことを松坂はこう話す。「イチローさんのバットが刀に見えました」。最速154キロの速球とキレのあるスライダーで3打席連続三振を奪いながらも、松坂は、切っ先の鋭いイチローのバットに畏怖(いふ)を感じていたのだ。
 シーズン最多安打記録や6年連続200安打という記録をマークし、大リーグ屈指の好打者となったイチローのバットは、より名刀へと姿を変えた。しかし、誉れ高き名刀をへし折ることが、メジャーリーガー松坂の誇りであり、楽しみである。
 第1打席。内角を主体にした攻めに、その気持ちが表れた。2―3から投じた94マイル(約150キロ)の速球で投ゴロに仕留めると、第3打席にはフォークボールで空振りの三振。この日の4打席は無安打に抑えた。
 イチローは封じたが、メジャー2戦目にして敗戦投手にもなった。だから、松坂の口は重い。「(好投を期待した)ファンに応えられず申し訳ない」。だが、イチローに対しては、こんな思いを口にする。「何が何でも打ち取りたい。何を使ってでも、三振を取りたい」。大リーグ史に残るであろう2人の勝負の第2章。今、その扉が開いた。【村田隆和】


特長は多彩な変化球 マリナーズの松坂評
[ 共同通信社 2007年4月12日 16:19 ]

 マリナーズの各打者からは、変化球の多彩さを松坂の特長に挙げる声が多かった。
 1回、チーム初安打を左前に放つなど、松坂から2安打したビドロは「変化球の種類が多く、うまく緩急をつけている。一番いい球はカットボールだろう」。4番打者のイバネスも「変化球の種類が多く、それぞれのコントロールがいい。何を投げてくるかが分かりづらい」と評価した。
 その一方、2回に先制点につながる左前打を放ったギーエンは「おれには、ほとんど真っすぐ。あと2、3度対戦してみないと分からないな」と話した。(ボストン共同)


21歳、松坂に投げ勝つ マリナーズのヘルナンデス
[ 共同通信社 2007年4月12日 11:36 ]

 松坂の前に大きく立ちはだかったのは、マリナーズの21歳右腕ヘルナンデスだった。150キロ台半ばの速球と高速スライダーを軸に、7回までノーヒットに抑え、1安打で自己2度目の完封勝利を飾った。
 ベネズエラ出身で一昨年大リーグデビューし、昨年は12勝(14敗)を挙げた。今季は開幕投手に選ばれ、2日のアスレチックス戦では8回12奪三振無失点の快投。大雪による試合中止が続き、中8日の登板と間隔が開いたが、連続無失点を17イニングに伸ばして松坂に投げ勝った。(ボストン共同)


<大リーグ>松坂初黒星 岩村8試合連続安打 [ 04月12日 11時08分 ]

 【ボストン高橋秀明】米大リーグが11日、各地であり、レッドソックスの松坂が当地のマリナーズ戦でメジャー2戦目となる先発登板をして、7回を8安打3失点。本拠地デビューで初黒星を喫した。通算は1勝1敗。松坂は二回に1失点、五回は3安打を浴びて2点を失い、103球を投じた七回を終えて降板した。7年ぶりに顔を合わせたイチローは4打席無安打に抑えたものの、2年ぶりの対戦だった城島には二塁打を2本浴びた。
 デビルレイズの岩村がレンジャーズ戦に6番・三塁で先発して二回の第1打席で左前打を放ち、3打数1安打だった。岩村は開幕から8試合連続安打となり、新人の日本人選手では03年の松井秀(ヤンキース)を抜いて単独トップとなった。ロッキーズの松井稼はドジャース戦に2番・二塁で先発して、第3打席まで無安打。カージナルスの田口はパイレーツ戦に2番・左翼で先発して3打数3安打、アスレチックス戦に7番・二塁で先発したホワイトソックスの井口は3打数1安打だった。
 ◇「緊張はしなかったが、平常心ではなかった」松坂 
 松坂が本拠地のマウンドを踏んだ。「早く立ちたかった」というフェンウェイパークのマウンドに、ついにやってきた。だが、いつもと様子が違う。プレーボールの声が掛かる前、マウンドで帽子を脱ぎ、一呼吸入れた。自身を落ち着かせようとしていることは明らかだった。「緊張はしなかったが、平常心ではなかった」。松坂はそう語った。
 変化球が抜ける。速球も球威はあるが、制球がおぼつかない。失点した二回と五回。先頭打者を抑えると、何か気が抜けたかのように、次打者に対し、甘い球を投げてしまった。二回、ギーエンに放たれた左前打は0―3というカウントだったし、五回、2失点の契機となったロペスの右前打も2―1と追い込んでから投じたやや外寄りの甘い速球だった。
 マリナーズの21歳のエース、ヘルナンデスが最速156キロの速球と150キロ近い高速スライダーを武器に、快調な投球を続ける。打線の援護は期待できそうもない。「最少失点に抑えなければ」。その思いがまた、松坂の投球を縛っていった。
 大リーグ通算348勝を挙げ、7度のサイ・ヤング賞(最優秀投手賞)受賞を誇るロジャー・クレメンスらレッドソックスの歴代エースが守ってきた本拠地のマウンドで、地元のファンの前で初めて披露する投球だ。そこで、メジャー初黒星という屈辱を味わった。
 だが、屈辱は大きければ大きいほど、雪辱への気持ちは膨らむ。試合後のインタビュー。松坂はきちんと試合を振り返っていた。早くも気持ちを立て直していた。【村田隆和】
 ◇イチロー、ライバルという名の「武器」手に入れた 
 イチローはキャンプ中に丸刈りになり、いっそう求道者のような風ぼうになった。背番号51にとって、今季は特別な年。マリナーズとの契約最終年、そして松坂を再び迎え撃つ年だ。
 午後7時11分のプレーボールと同時に松坂と対戦した第1打席は、投ゴロに倒れた。凡打したイチローは一塁から三塁側ベンチへ戻る際、マウンド付近を横切ったが、松坂をチラリとも見ない。前日の笑顔の対面から一転、ぴりぴりとした真剣勝負の雰囲気が、場内に伝わってきた。
 初対決となった99年5月16日は3連続三振と四球。当時、イチローは5年連続首位打者を獲得した球界の第一人者だったが、18歳のルーキーにほぼ完ぺきに封じ込まれた。00年オフに海を渡ったイチローは、メジャーでも04年にシーズン262安打の大リーグ記録を樹立。米国でも孤高のプレーヤーとなり、「闘志をかき立てる投手が少なくなっている」とこぼしたこともあった。イチローは松坂とのメジャー初対決を終えて、「(今後)いつだって、ぼくを奮い立たせてくれると思う」と、自分の中における松坂の存在の大きさを、改めて口にした。
 2打席目は中飛。3打席目は空振り三振。二ゴロに倒れた4打席目の初球は、胸元を148キロの直球でえぐられてバランスを崩し、地面に手をついた。イチローはこの夜、より高みに到達するために不可欠な、ライバルという名の「武器」を手に入れた。【高橋秀明】
 ○…松坂の本拠地デビューを城島が打ち砕いた。両チーム無得点で迎えた二回1死一塁の場面でスライダーを左越え二塁打して先制点のおぜん立て。六回の第3打席でも150キロの直球を左翼線二塁打した。松坂とは04年アテネ五輪でバッテリーを組み、捕手の目線でもじっくり観察している。直球、変化球ともに完ぺきに捕らえた。城島は「イチローさんに力を使い果たして、ぼくのところに回ってきたのでしょう」と、ひょうひょうと振り返った。
 ○…21歳になったばかりのマリナーズ、ヘルナンデスにあわや無安打無得点試合を達成されそうになったレッドソックス。八回、先頭打者のドルーが初球を中前に運ぶと、3万6630人の大観衆はまるで勝利したかのように大騒ぎになった。


このままでは終わらない イチロー、4打数無安打
[ 共同通信社 2007年4月12日 12:59 ]

 大リーグで投打の個人対決にここまでスポットが当たるのは非常に珍しい。スポーツ専門放送局「ESPN」やUSAトゥデーほか全国ネットメディアがあおった対戦を、イチローは2通りの意味でとらえていた。
 「そういう状況は自分ではセッティングできないという意味で、僕自身はその場にいた自分のことが好き。でもそこで結果が出せない自分のことが大嫌い」
 多くのファンの目を集めることはプロとして無上の喜び。だが「僕がこのざまじゃあいつ(松坂)を奮い立たすことはできない」と4打数無安打と第1ラウンドに敗れた悔しさを潔く認めた。
 2000年8月以来となる対戦。プレーボール直後、打席からマウンドを見つめたときに「じーんときた」という。「あいつは特別な存在。お互いに意識しているということでしょう」。かつてプロ野球を支えた両雄は、昨年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では「王ジャパン」を優勝に導いたMVPとチームのリーダーという間柄でもある。当時買い求めた腕時計をして球場入りしたあたりに、イチローの7年ぶり対戦にかける気持ちがのぞいていた。
 「今日はいろんな意味でビッグゲーム。こういうときになかなか自分を表現できないのはストレスですね」。今後も対戦は続く。このままで終わるつもりはさらさらない。(ボストン共同)


<松坂大輔>全米最古の球場 3万6630人の観客で沸く [ 04月12日 11時27分 ]

 【ボストン(米マサチューセッツ州)高橋秀明】米大リーグ、レッドソックスの松坂大輔投手(26)は11日(日本時間12日)、当地のフェンウェイ・パークで本拠地初登板を果たした。日米のファンが待ち望んだ、シーズン262安打の大リーグ記録保持者であるマリナーズ・イチロー外野手(33)との対決。古都ボストンの夜は「平成の名勝負」の第2章に沸いた。
 1912年に開場した全米最古のフェンウェイ・パーク。10日の本拠地開幕戦で入場券完売記録が308試合に伸びた観客席は、熱狂的なレッドソックスファンを意味する「レッドソックス・ネーション」の人たちで埋め尽くされた。この日の観客数3万6630人は、同球場で戦後2番目の多さだった。松坂投手の愛称である「Dice―K」にちなんだサイコロと「K」のマークがあちこちで見られた。ボストン在住のコンピューター修理技師、アダム・ダイヤモンドさん(37)は「イチローと松坂はメジャー最高の打者と投手の一人。だからとても楽しみにしていた」。
 一方、イチロー選手のレプリカ・ユニホームを着て応援する勇敢な少女もいた。地元の中学生、ミーガン・コッポラさん(14)は「私の一番のお気に入りはイチロー。ダイスケには悪いけれど、イチローが打って、レッドソックスが勝つのが理想だわ」。両雄の対決はは、米国民の間でも特別なものとして認識されているようだ。
 2005年、米経済誌「フォーブス」はマリナーズの市場価値を4億1400万ドル(約492億円)とし、球団が誕生した1977年当時の63倍になったと評価し、イチローの貢献が大きいと分析した。松坂投手がボストンに与えているインパクトも小さくない。松坂投手の入団に伴うマサチューセッツ州の経済効果は約7500万ドル(約89億円)と予測されている。観光客も年間2万人増が見込まれる。ボストン市内のホテルのバーでは、日本酒とウオツカをベースにしたカクテル「ダイスケ(Dice―K)ティーニ」の新メニューも登場している。


イチローはあくまで自然体…Vs松坂「まだ考えていない」 [ 04月11日 08時05分 ]
サンケイスポーツ

 【クリーブランド(米オハイオ州)9日(日本時間10日)】マリナーズとインディアンスのダブルヘッダーは雪のため中止。これで4日連続中止となり、イチロー外野手(33)と城島健司捕手(30)は球場での軽い練習後、ボストン入りした。いよいよレッドソックスとの3連戦。松坂が登板する11日(日本時間12日)には、こちらも“怪物”右腕のフェリックス・ヘルナンデス投手(21)の先発が決まった。
 この4連戦は、すべて雪のため中止。24時間で3試合という強行日程こそ回避されたが、日米が注目するレッドソックスとの3連戦は、五回途中ノーゲームを含めて、5日間試合なしという超異例の“休養明け”で臨むことになった。
 「(難しさは)実際、やってみないとわからない。ゲームにならないとね。早めのボストン入りは好要素? どうかな。そうとらえたかったら、とらえてください」とイチロー。松坂との7年ぶりの対決を前に、気持ちの盛り上がりについても「まだ考えていない」。これまで「米国で日本人同士の対決が注目されるのは、気持ちがいい」などと話してきたが、あくまで自然体で試合に入る。
 「まずはベケット(1戦目の先発)ですよ。ベケットを通り越して、大輔(松坂)は考えられない」と城島。「大輔が僕を意識しているなら別ですが、イチローさんですからね。僕が意識するのもおかしい。これまでも敵として戦ってきたから、何の不思議も感じません」。松坂との対戦成績はイチローの打率.235に対し、城島は.280。こちらも自然体だ。
 「これまでクリーブランドなんて何の思い出もなかったから」と笑ったのはイチロー。“白銀”の思い出を胸に、いよいよ怪物との戦いの地、ボストンに入った。


松坂vs.ヘルナンデスの奪三振対決にも注目
[ スポーツナビ 2007年4月11日 18:53 ]

 米大リーグで11日(現地時間)に行われるレッドソックスvs.マリナーズ戦では、松坂大輔投手とイチロー外野手の夢の対決が実現する。2人の日本人メジャーリーガーに注目が集まる中、一方で松坂の対戦投手に対しても多くのファンの視線が集まりそうだ。
 マリナーズの先発予定は21歳の怪物「キング・フェリックス」ことフェリックス・ヘルナンデス。リーグ屈指の逸材と称されるヘルナンデスは、メジャー3年目を迎えた今季、さらなる成長を期待されている。マリナーズ公式ホームページは現在、「今季ヘルナンデスが奪う三振数」を予想するファン投票を実施している。日本時間11日18時現在、約8000人の投票の中、「201~250奪三振」が最多の43パーセントを占め、ヘルナンデスへの期待の大きさを示している。
 ヘルナンデスは今季開幕戦に登板し、8回を投げて無失点、12奪三振と快調な滑り出し。一方、松坂は5日(現地時間)のロイヤルズ戦で7回を投げ、1失点10奪三振と衝撃デビューを果たし、メジャー初勝利を手にした。松坂とヘルナンデスの両投手は、ともに150キロを超える速球と鋭く落ちるチェンジアップを得意とした本格右腕。イチローとの対戦に加え、ヘルナンデスとの「奪三振対決」も注目したい。
-Tomohiko Nakashima-
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by azatsu0422 | 2007-04-12 16:20 | スポーツ
2007年 04月 04日

古臭くても、正しい説教。

一流選手の頭を見てこい。
格好で目立とうとする精神構造は二流。
格好ばかり気にしていないで、野球に打ち込め!  という説教。

今どきの人なら、
「一流選手だってお洒落な髪型の人がいるじゃん?」
「とりあえず格好から入るのもプロのファンサービスでしょ?」
「言われなくても自分なりに野球に打ち込んでるよ?」 と反論したくなるでしょうけど…。

でも、プロの中でも一流の選手を目指すことが期待されて、本人もそれを目指している中で、
一流の実績のある人から、こう言われたら…素直に従うしかないですね。

要は、一流を目指す自負のある人に向かって、一流の人だから言える説教だと思います。
くれぐれも、人並のオヤジが自分の事を差し置いて職場の若い衆にこういう説教をしないように・・・と願います。


楽天・マー君丸刈り…ノムさんが“指令”モヒカン怒られた [ 04月03日 08時05分 ] サンケイスポーツ

 楽天のルーキー田中将大投手(18)が2日、切ったばかりの髪をさらに短くしてフルスタ宮城での全体練習に登場した。3月30日にソフトモヒカン風にカットしたばかりだったが、野村克也監督(71)に怒られ、わずか3日で再びカット。高校時代に逆戻りしたような髪形に戻ってしまった。
 ビミョーだけどやっぱり違う。田中が、ソフトモヒカン風にカットしたばかりの髪を、さらにカット。高校球児に戻ったような、丸刈りに近い髪形になっていた。
 実はこの再カット、監督命令だった。田中は福岡遠征から仙台に戻った先月30日に美容院へ行ったばかり。02年のサッカー日韓W杯で、イングランド代表のベッカムがはやらせたソフトモヒカンを短くした感じにカットしていた。しかし、ツンツンした頭が野村監督は気に入らなかった。
 「何だその頭は。一流選手の頭を見てこい。格好で目立とうとする精神構造は二流。格好ばかり気にしていないで、野球に打ち込め!」
 1日の試合前にカミナリを落とされた田中は、試合が終わると、さっそく同じ美容院に直行。トップの部分を丸く刈りそろえてきたというわけだ。この日の練習中に呼び止め、帽子を取らせて確認した野村監督は、「エライ。かわいいじゃないか。まだ高校生みたいなもんだからな」とご満悦だ。
 「お直し無料でした。監督にも言われましたけど、自分でも(前の髪形は)ちょっと変かな、と思っていたんで…」
 わずか3日で髪を切り直しても、めげないのがマー君。髪形をあっさり修正したように、5日の本拠地初先発でも、二回途中6失点でKOされた先月29日のプロ初登板から、しっかりと“お直し”してくれるはずだ。
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by azatsu0422 | 2007-04-04 08:40 | スポーツ