ボロは着れども心は錦。

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2007年 10月 29日

永く語り継がれると思います。

最終日の山場と言われた16番からのプレーを幸運にもテレビで見かけて、一気に惹き込まれました。
どんな世界でも、老いと共に過去の人と忘れ去られる事が大なり小なりあると思いますが、強い気持ちと様々なご縁に恵まれれば、必ずしもそうじゃない…、と信じられます。
末永く語り継がれる一戦になると思いました。


<日本シニアゴルフ>青木が逆転V 65歳エージシュートで [ 10月28日 22時38分 ]

 男子ゴルフの日本シニアオープン選手権は28日、熊本県菊池市のくまもと中央CC(6965ヤード、パー72)で最終ラウンドを行い、青木功が通算12アンダーで、シニア最年長記録となる65歳1カ月で10年ぶり5回目の優勝を飾った。賞金は1600万円。
 首位と6打差の5位タイでスタートした青木は、8バーディー(1ボギー)の65で回り、年齢以下のスコアでラウンドする「エージシュート」を達成、逆転優勝に華を添えた。
 11アンダーの首位でスタートした室田淳は、イーブンパーに終わり、昨年に続いて2位。尾崎健夫が10アンダーで3位。3連覇を狙った中嶋常幸は通算6アンダーの6位タイだった。
 ▽室田淳(シニアの賞金王が決まるも) うれしくないよ、今は。(青木さんとは)実力差だな。もう引退しようかな。ゴルフが下手だよ。
 ▽樋口久子・日本女子プロ協会会長 素晴らしいですね。シニアは若い室田選手や尾崎健夫選手などいるのにね。公式戦で勝つことも大変だけど、エージシュートなんてすごいです。65歳でもまだまだがんばれる、ギャラリーを喜ばせるいいプレーをしたいと、昨日テレビのインタビューで言ってましたが、多くの人に夢、勇気を与えたんじゃないかと思います。こつこつやってきた結果でしょうね。
 ◇世界のAOKI、久々に胸のすく活躍
 「59歳で勝ったのが最後だったからな。長くやっていると、いいこともあるもんだ。まあ、ゴルフだけをやらせてくれる家族らの支えがあればこそだね」
 会見場に姿を見せた青木。一口水をふくむと、どんどんしゃべり始めた。「後半31か。普通、こんなスコアで回れないよ。見上げたもんだ」
 話は優勝のポイントへ。「16番のパット(下りの2メートル)だな。強めだと左、弱ければ右。4日間で一番難しいパットだった」
 球はカップの縁をなめるよう反時計回りに半周して沈んだ。難しいタッチとラインを読み切った、この七つ目のバーディーで青木の目に優勝を狙う色がはっきり宿った。
 さらに青木が言及したのが、1個のボギー。
 「二つ伸ばして欲が出た所で、7番のボギーだろ。冷静になれたね」
 このところ事前に自らスコアを作ってプレーする傾向があったというが、1個のボギーをヒントに8個のバーディーを積み上げた。世界のAOKIが、久々に胸のすく活躍を演じた。【籔田尚之】
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by azatsu0422 | 2007-10-29 09:35 | スポーツ
2007年 10月 22日

ホッとした・・・。

私自身は松井秀喜選手のファンなので、宿敵レッドソックスに「やられた」という立場ですが、今となっては、レッドソックスと松坂投手に、ヤンキースと松井秀選手を(良い意味で)刺激するような結果を出して欲しいと願っています。もっとも、ヤンキースと松井秀選手は、トーリ監督退団の影響で、そんな気分になれないかも知れませんが…。

松坂投手は鳴り物入りで大リーグ入りして、報道されていること以上に様々な困難や試練があったと思いますが、やはり、日本球界の誇りとして、大リーグで偉業を成し遂げて欲しいと思っていました。だから、この一勝には「ホッとした」というのが素直な気持ちです。

松坂投手は、あらゆる面で物凄い重圧を背負い込んでいたと思います。重圧をはねのけて現代のヒーローとなるためには、この一戦でノーヒットノーランや完封勝利、といった派手な結果を当然のように求められていたのかも知れません。でも、それは周囲が勝手にエスカレートして期待したイメージです。これまでの状況から、今日の投球内容と結果を出せただけでも、常人離れのタフな精神力の証、と称賛すべきではないでしょうか。

何と言っても、これまでの報道から窺い知る限り、レッドソックスの監督をはじめ同僚が、松坂投手を全面的に信頼して、温かく見守り、応援している様子でした。これは、松坂投手を単なる戦力だけでなく、ひたむきな姿勢や人柄を含めて好意的に受け止められていて、チームに良い影響を与えて来たことの証左ではないでしょうか。そうであるなら、日本人として誇らしくて、素直に嬉しいです。

この勢いに乗って、ワールドシリーズで凄い投球をして欲しいと祈っています。

それにしても、イチローと松井秀の両選手がワールドシリーズに縁遠くて、次々と他の日本人選手がワールドシリーズに出場して行くのが、何とも皮肉なことだと思うのは私だけでしょうか…?


RソックスがWシリーズへ 松坂、日本投手で初白星 [ 10月22日 13時30分 ] 共同通信

c0019485_1514127.jpg インディアンスを下してリーグ優勝を決め喜ぶレッドソックスの松坂=21日、フェンウェイ・パーク(共同)

 【ボストン21日共同】米大リーグ、レッドソックスの松坂は21日、フェンウェイ・パークで行われたインディアンスとのア・リーグ優勝決定シリーズ(7回戦制)の3勝3敗で迎えた第7戦に先発、5回2失点で勝ち投手となり日本の投手としてポストシーズンで初白星。岡島も0点に抑える好投。チームは11-2で勝ち3年ぶり12度目のリーグ制覇を果たし、ワールドシリーズに進出した。


<大リーグ>松坂が勝ち投手、Rソックス、リーグ優勝決める [ 10月22日 13時03分 ]

 【ボストン高橋秀明】米大リーグ、ア・リーグ優勝決定シリーズ(7回戦制)のレッドソックス(東地区1位)―インディアンス(中地区1位)第7戦は21日、当地のフェンウェイ・パークで行われ、松坂が先発したレッドソックスが11―2で大勝し、4勝3敗で3年ぶり12回目のリーグ優勝を決めた。松坂は5回6安打2失点でポストシーズン初勝利を挙げた。三回まで1安打無失点だったが、四回に2本の二塁打で1失点。五回にも2安打と犠飛で1点を返され、この回で降板した。六回からは岡島が2番手で登板し、2回3分の0を無失点と好投。七回1死一、三塁のピンチは三ゴロ併殺打で切り抜けた。
 ナ・リーグを制した松井稼のロッキーズ(ワイルドカード=最高勝率の2位球団)は、本拠地デンバーのグラウンドが積雪で使えず、室内練習場で調整した。ワールドシリーズ(7回戦制)は24日(日本時間25日)、当地で開幕する。
 ◇制球重視で雪辱果たす
 フィールドに松坂が姿を現すと、試合前にもかかわらず、ファンが鳴らす指笛が止まらなくなった。ア・リーグ王者が決する運命の第7戦。春夏の甲子園、そして国・地域別対抗戦「WBC」の決勝でチームを頂点に導いた松坂の耳にも、ボストンの期待が風に乗って届いたはずだった。
 新人がリーグ優勝決定シリーズの最終第7戦に登板するのは史上初めて。しかし、大舞台でこそ真価を発揮してきた松坂は一回、1番・サイズモアのバットを148キロの内角速球で真っ二つに折って上々のスタートを切ると、制球重視の投球で5回を2失点に抑え、バトンを岡島に渡した。
 プレーオフでは2試合に先発し、いずれも五回途中で降板。リーグ優勝決定シリーズ第3戦でノックアウトされて、屈辱の敗戦投手となった夜は、気持を整理しきれず、試合後1時間以上たっても、ユニホーム姿のまま、クラブハウスの壁に向かって考え込んだ。三度、同じ失敗を犯せば、WBC最優秀選手など過去の偉業は、昔の出来事として色あせかねなかった。
 「このままでは終われない」。松坂は投げ込みを続け、雪辱の機会を待った。レッドソックスは1勝3敗からタイに持ち込み、「大輔ほど精神的にタフな投手を見たことがない」と話したことがあるフランコナ監督は、屈しない心を持つ背番号18をマウンドに送った。松坂は期待に応えて日本人プレーオフ初勝利を飾り、ワールドシリーズへの重い扉をこじ開けた。【高橋秀明】
 ○…ここまでプレーオフ4試合に登板して無失点のレッドソックス・岡島が、リーグ優勝決定シリーズ第7戦でも2回3分の0を無失点に抑えた。先発の松坂が四、五回に1点ずつを失い、リードが1点に縮まった六回から登板。七回に遊撃・ルーゴが飛球を落球したのをきっかけに1死一、三塁のピンチを招いたが、ブレークをチェンジアップで三ゴロ併殺に切って取った。「負けられない場面で勢いを止めるのが僕の役割」という通りの火消しぶりで、チームの危機を救った。


第7戦リベンジ先発へ松坂がやる気満々「とにかく投げたい」 [ 10月21日 08時05分 ]
サンケイスポーツ

 【ボストン19日(日本時間20日)】2勝3敗とインディアンスに追いつめられているレッドソックス・松坂大輔投手(27)が、先発予定の第7戦(同22日午前9時開始)に「投げたい」と強い意欲を表明。第3戦では敗戦投手になったが「やり返したい」と逆転優勝を誓った。
 まっすぐ前を見つめていた。もはや悲壮感はない。松坂は燃えていた。
 「第7戦? 来てみないと分かりませんね。今の段階では、とにかく投げたいと思っているし、(7戦まで)来てほしいと思っている。ボクはこのままでは終われないですから。やり返したい」
 日本の報道陣を圧倒するような気迫の決意表明。それは西武入団1年目の99年、自ら発言して流行語大賞となった「リベンジ」をほうふつさせる熱い言葉だった。
 まさに「やり返したい」思いでいっぱいだ。敵地での初戦を任された15日(同16日)の第3戦では、五回もたず(4回2/3)に4失点降板して負け投手に。エンゼルスとの地区シリーズでも第2戦に先発し、チームは逆転サヨナラ勝ちしたが、自身は2点のリードを守れずに、4回2/3で3失点降板している。このままでは終われない。
 大事なポストシーズンで2試合連続で期待に応えられなかったことで、この日、テリー・フランコナ監督(48)の会見では「松坂の起用にためらいはないのか」との屈辱的な質問も飛び出した。それでも同監督は「7戦目までいけば、とてもエキサイティングだし、ダイスケ以外にだれが投げるんだ」と擁護した。
 だからこそ、結果を残すしかない。松坂は雨の降るなか、遠投や近距離のキャッチボールで全力に近い球を一心不乱に投げ込んだ。勝って“雑音”を封じ込めるためだ。
 「この世界は結果がすべて。プロですから、結果を残さないと意味がない。明日は必死に応援するだけです」。20日(同21日)は第6戦先発の“兄貴分”カート・シリング投手(40)に勝利を託し、松坂はリベンジの瞬間を待つ。その先にあるワールドシリーズのために。
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by azatsu0422 | 2007-10-22 15:10 | スポーツ
2007年 10月 18日

せめてグラスに残った香りだけでも確かめてみたい!

あ"~・・・美味しそう!でも、7万円を出して1本買うのは無理・・・
せめて「ひと口」、いえ・・・せめて「ひと舐め」だけでも味わってみたい。
せめて、せめて・・・グラスに残った香りだけでも確かめてみたい!

1,200本が、単に「7万円」を飲むのではなく、この酒の有難味を心から慈しめる人の手に渡ることを祈っています・・・。


35年以上熟成させたウイスキー「竹鶴35年」 [ 10月16日 19時47分 ] J-CASTニュース

c0019485_9342477.jpgアサヒビールは、ニッカウヰスキーが製造するウイスキー「竹鶴35年」(容量750ml)を、2007年10月26日から発売する。35年以上熟成させたモルトウイスキーとグレーンウイスキーをブレンドした。1,200本限定で、希望小売価格は税別で70,000円。ラベルには、ニッカウヰスキー創業者の竹鶴政孝さんのウイスキーづくりの軌跡を描き、ニッカウヰスキー現相談役の竹鶴威さんが、直筆でラベルに署名を行い、1から1,200までのシリアルナンバーを記入する。
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by azatsu0422 | 2007-10-18 09:44 | 経済
2007年 10月 08日

永く忘れられない名選手。

広島球場での佐々岡投手の引退登板に続き、古田選手の引退試合。名選手が引退して寂しいですね…。
元日本代表バッテリーの同期・佐々岡投手の志願登板にブラウン監督の温情、高々と胴上げ、夫婦の抱擁…。コテコテの演出でしたが、まぁいっか。堅いこと抜きで良かったなぁ~と思います。

それにしても選手兼任監督は、古田選手ほどの人でも残念な結果に終わってしまいました。

師匠と言われる野村監督への挑戦だったのでしょうか?
現役選手と管理者の間で、現役への未練や管理者の立場に葛藤があったのでしょうか?
古田選手が、誰よりも現場(選手)とファンを大切にする人であることは、労組プロ野球選手会会長のリーダーシップを通じて明らかでした。

真意は本人のみぞ知る事で、私のごとき「にわか野次馬ファン」が立ち入られる話ではありません。ただ、今季が全く評価できない成績に終わっても、マスコミを含めて古田選手の健闘を称える雰囲気こそあれ、強く非難する気配が無かったのが、古田選手の築いてきた実績と本人のお人柄を裏づけていると思います。

私が今さら指摘するまでもなく、選手兼任監督は人の能力の問題ではなくて、管理者・監督が選手の立場で判断すると、勝てない場面があるでしょうし、第一級の選手としてのパフォーマンスを維持するのが片手間では出来ない現実もあることから、兼任そのものが矛盾していたのかも知れません。誰もが思い浮かぶ懸念を全て承知の上での挑戦でした。
それだけに、今回の退き際が鮮やかなのは、本人のけじめだったのかも知れません。

それでも、次は名監督・古田の登場を待っています。


<ヤクルト>古田選手兼任監督が引退試合 ファンに別れ
[ 10月07日 22時47分 ]

 ヤクルトの古田敦也選手兼任監督(42)の引退試合が7日、神宮球場でのホーム最終戦、広島24回戦で行われた。「5番・捕手」で4月19日以来の先発となった古田監督はフル出場し、4打数無安打だった。
 試合後のセレモニーで、古田監督は時折言葉に詰まりながらあいさつ。本塁付近で胴上げされたあと、サインボールをスタンドに投げ入れながら、場内を一周し、今季最多の3万3027人を集めた本拠地でファンに別れを告げた。
 ヤクルトは8、9日の横浜戦(横浜)で全日程を終えるが、古田監督は「今日でひと区切りと思っていた」と話し、この日の広島戦が選手としての最終戦となりそうだ。
 ◆古田監督のあいさつ◆
 朝起きたとき、いよいよこの日が来たなと思った。あっという間に終わってしまった。両親には本当に感謝しています。チームメートとコーチ、スタッフのみなさん、本当にありがとうございました。いい仲間とめぐり合えて、ここまでやれたと思っています。
 そしてスワローズファンのみなさん、何度も心が折れそうになったり、弱気になったり、いろんなことがあったんですけど、みなさんの声に支えられました。18年間、本当にありがとうございました。また、また会いましょう。
 ▽妻・美穂さんのコメント 妻の目から見ても過酷な毎日でしたが、気負いなく過ごしていたように見える一方、本人の中ではさまざまな苦労や葛藤もあったと思います。支えてくださったのは、ファンの皆様の存在だったと強く感じています。野球に関してのさまざまな経験は、私にもたくさんの幸せをもたらしてくれました。ファンの皆様、本当にありがとうございました。
 ▽母・康子さん 18年間は長かったけど、もう終わりか……という気持ちです。いろいろと喜ばせてもらいました。一番うれしかったのは、優勝して一緒に海外旅行に連れて行ってもらったことです。18年間、お疲れ様でした。
 ▽ヤクルト・青木 4年間一緒にやれて良かった。技術的な面だけでなく、一打席を大事にして、集中して打席に立つことなど、さまざまなことを勉強させてもらいました。
 ▽ヤクルト・鈴木球団社長 スワローズの名捕手として18年間活躍し続けた雄姿を神宮で見ることができなくなるのは残念。多くのファンに惜しまれ引退することは、選手冥利に尽きるのではないか。それも古田監督の偉業によるものだと思う。
 ◇番号「27」のボード、大きく揺れる…神宮球場
 ヤクルト・ファンも、広島ファンも、関係ない。神宮球場は、この日のために約4万枚用意された背番号「27」のボードがスタンド中で大きく揺れた。
 八回2死一塁。広島のブラウン監督が動いた。マウンドに上がったのは、前日、広島で引退試合を行ったばかりのプロ同期生、佐々岡だ。「自分から投げたいと伝えた」。社会人時代には全日本でバッテリーを組んだこともある佐々岡の心意気に、古田監督はフルスイングで応えた。
 「毎日考えて、精いっぱいやってきて、後悔はないつもり」。全力を積み重ねてきた18年間。本拠地での最終打席は遊ゴロに終わったが、表情に悔いはない。

 球場周辺には、前日から席取り用シートが張られ、開門時には約8000人が行列を作った。Tシャツなど監督関連グッズもこの3日間で約5万個が完売した。
 18年間、全力プレーでファンをひきつけつけてきた神宮球場のマウンド付近での引退セレモニー。いつまでも、退団を惜しむファンに向かって、こんなメッセージを古田監督は贈った。
 「また、また会いましょう」
【村田隆和】
 ○…ヤクルトの九回のマウンドに立ったのは、守護神として古田とともに長くチームを支えてきた高津だった。「古田さんと抱き合ったり、握手した回数は僕が一番多いはず」と話すだけに、思い出も多く、2アウト後は「グッとくるものがあった」という。最後の打者・緒方を空振り三振にとり、きれいにフィニッシュ。「気持ちよくユニホームが脱げる環境を作りたかった」と、少し潤んだ目で話した。
 ○…古田の幅広い交友を示すように、クラブハウスには広告代理店やテレビ局、ロッテ・小宮山や米大リーグ・デビルレイズの岩村ら、多くの関係者から花が届いた。昨年まで同僚だった岩村は「多くのことを教えていただき、それが自分のもとになっています。ただただお疲れ様でした」とコメントを寄せた。
 ○…労組プロ野球選手会の事務局スタッフが、試合前のクラブハウスを訪れ、前会長・古田の労をねぎらった。
 会長職を最長の7年間も務め、04年の再編騒動で強力な指導力を発揮した古田は、選手会にとって「特別な人」(松原徹事務局長)。04年の選手会ストライキが解決した際の新聞号外に寄せ書きしたものが、記念品として贈られた。
 松原事務局長は「アマとの関係改善に尽力したのが思い出深い。『行動すれば状況は変えられる』ことを教えてくれた」と功績をたたえた。


ありがとう古田敦也…燕の背番号「27」が現役生活に終止符
[ 10月08日 08時05分 ] サンケイスポーツ

c0019485_15312884.jpg (セ・リーグ、ヤクルト3-6広島、最終戦、広島13勝11敗、7日、神宮)ありがとう。さらば不世出の名捕手-。今季限りで現役引退、退団するヤクルト・古田敦也兼任監督(42)が7日、今季本拠地最終戦となる広島戦(神宮)に「5番・捕手」で先発出場。チームは3-6で敗れ、自身も4打数無安打に終わったものの、18年間つけた背番号「27」の雄姿をファンの目に焼き付けた。
 最後の最後までファンのそばにいたい。ロッカールームに引き揚げる途中、右翼フェンスによじ上った古田兼任監督に、3万3027人からの「古田コール」が滝のように注がれた。
 「あっという間でした。今の気持ちは感謝でいっぱいです。支えてくれてありがとう」。笑顔を見せようとしたが、熱いものをこらえきれない。瞳にはうっすらと涙が浮かんだ…。
 4月19日以来、今季3度目の先発で5番。4打席の結果は右飛、遊飛、中飛、遊ゴロ。快音は響かなかったが「いい思い出になりました」とラストゲームを満喫し、ホームベース上で5度、宙を舞った。
 「メガネの捕手は大成しない」と指名されなかった立命館大時代のドラフトから始まった「負けず嫌い」(本人談)の野球人生。ヤクルト入団後は野村監督(現楽天)からマンツーマンで指導を受け、あっという間に球界随一の捕手になった。「ID(データ重視)野球」を打撃にも取り入れ91年には首位打者。05年には大学生・社会人経験者初となる通算2000安打も達成した。
 だが、選手としての限界が突如やってきた。昨季は代打も含め36試合に出場しただけ。痛めた右肩の状態が深刻だった。今春のキャンプでは、キャッチボールでも少しずつ距離を伸ばし、気温が上がるまでシートノックもパス。最善を尽くしたが、思ったほど良くならない。
 シーズンが始まってからも、肩の筋肉を補うため他の選手が帰ってからウエートトレ。前半戦、自らを出場選手登録し続けたことで「なぜ試合に出ないのか」と批判を浴びたが、黙々とフリー打撃を続けたのも、ファンの期待に応えるためだった。出場する機会をうかがっていたが、だんだん「後進に道を譲るべきだ」との思いに勝てなくなった。
 そして、ついに“その日”が来た。「長いことプロやってるからこれでも感覚は取り戻せるよ」。引退表明(9月19日)の2日前にバッティングマシン相手の孤独なキャッチング練習を開始。プロとして、最後の舞台を締めくくる、静かな作業を始めた。
 前日6日の試合後に、全コーチのロッカーにサイン入りバットを1本ずつ置いた。「みんな記念に欲しいけど、こっちからは言い出せない。監督の気配りだった」と杉村打撃コーチ。2年間、兼任監督を支えたコーチ陣へのささやかな感謝の証。もう使うことのないバットを置き土産にした。
 9日の横浜戦(横浜)でシーズンを終えると、長年の夢だった世界旅行に出かける。労組・選手会の会長として球界再編のカジを切り、「理想の上司」のトップに挙げられる42歳は、またひと回り大きくなる旅に出る。セレモニーを「また会いましょう」と締めくくった古田兼任監督。記録も記憶も残した男は、いつの日か再び無限の可能性を秘めて球界に戻ってくる。
〔写真:最後までファンと一緒に。古田兼任監督が詰めかけた大観衆に別れを告げた〕


古田涙の神宮舞い「また会いましょう」
[ 10月08日 06時12分 ]

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胴上げされる古田監督

 【ヤクルト3-6広島】さようなら、そしてお疲れさま。ヤクルトの古田敦也選手兼任監督(42)が7日、本拠地最終戦となった広島戦(神宮)で先発出場し、18年間の現役生活に幕を下ろした。“引退試合”には超満員3万人の観衆が詰め掛け、神宮の杜には「古田コール」が鳴り響いた。眼鏡をかけた捕手、闘う選手会長、そして兼任監督…。球界に数々の新風を吹き込んだ希代の名捕手は、最後までファンに愛され、グラウンドに別れを告げた。
 18年間、守り続けたホームベースの上で27番は5度宙に舞った。「これで終わりなんだな…」。寂しさはあっても悔いはない。だから笑顔だった。「やめないで…」「また戻って来いよ」。ファンの大歓声に包まれて古田監督は「何度も心が折れそうになりましたが、皆さんの声に支えられました。また会いましょう」と言った。9月19日の退任&引退会見とは違う。目に光るものがあっても表情は穏やかだった。
 サインボールを投げ入れての場内一周。クラブハウスに戻ろうとすると高津とラミレスに右翼スタンドへ促された。お尻を押されてフェンスを登ると目の前には誰よりも愛したファンが待っていた。「18年間で一番の思い出は01年の優勝。最後は捕飛で終わったし(左ひざの)じん帯が切れたりもしたので…」。本拠地で近鉄を撃破してつかんだ日本一。その時と同じパフォーマンスで最後の別れを告げた。
 「勝てなかったのが残念だけど…。でも、これだけ声を掛けられて幸せと思う」。171日ぶりの先発マスクは存分に楽しんだ。8回は石井一、9回は高津。黄金期を一緒に支えた戦友とバッテリーを組んだ。バットから快音はなかったが、8回2死一塁の最終打席では、同じく今季限りで引退する佐々岡と対戦し「最後にいい相手とできた」。遊ゴロのフィナーレでも充実感がこみあげた。
 巧みなインサイドワークで「ID野球の申し子」と称賛され、大学、社会人経由では史上初の2000安打も達成。日本一も4度経験するなど、常に日の当たる道を歩んできた。しかし、兼任監督の2年間はジレンマとの闘いだった。昨年右肩痛が悪化すると、今季も状態が上向くことはなかった。就任時に球団から約束された補強面も大きな協力を得られなかった。自身の出場と後継者の育成。シーズン中は2つの難題の間で苦悩した。
 それでも兼任監督だからこその喜びもあった。06年5月2日・広島戦(神宮)でサヨナラ打を放つと、石井一、宮本らが「監督賞」ならぬ「選手賞」を贈ってくれた。普段は出すばかりの金一封。「今でも飾っていますよ」。クラブハウスの監督室に今でも宝物としてご祝儀袋が大切に保管されている。
 球史を塗り替えた名捕手にヤクルト本社は功労金を贈ることも検討。それだけの功績は残した。これで引退セレモニーは終わった。それでも8日、9日の横浜戦(横浜)が残っている。「これで一区切り。でも、含みは残しませんよ」。あと2試合。最後は指揮官としての任務をまっとうする。


夫人、両親も「過酷な18年」ねぎらう [ 10月08日 06時12分 ]

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<ヤ・広>美穂夫人からねぎらわれる古田

 【ヤクルト3-6広島】ヤクルト・古田兼任監督の美穂夫人(フリーアナウンサー)はスタンドで古田監督の雄姿を見届け「お疲れさまです。18年間の野球人生は妻の目から見ても過酷な毎日でした」と振り返った。セレモニーではマウンド上で涙を浮かべて夫と抱擁し、苦労をねぎらった。父・英夫さんと母・康子さんもスタンド、貴賓室で観戦。康子さんは「18年間は長かったけれどもう終わりかという気持ち。いろいろと喜ばせてもらった」と感無量の面持ちだった。


同期・佐々岡 古田との対戦に志願登板
[ 10月08日 06時12分 ]

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<ヤ・広>同じく今年限りで引退する佐々岡に花束を渡す古田

 【広島6-3ヤクルト】ヤクルトの古田と同じ89年ドラフト組で今季限りで引退する広島の佐々岡が、引退試合での最後の打席で対戦相手を務めた。アマ時代に日本代表でバッテリーを組んだ経験があり、前日6日に地元で自らの引退試合を終えたばかりの佐々岡が志願登板。予想していなかった展開に球場全体が大歓声に包まれた。「最後のわがままをブラウン監督にも聞いてもらった」として佐々岡は古田を遊ゴロに仕留め「全部真っすぐを真ん中に投げるつもりだったけど、球が遅すぎた。凄くいい思い出になりました」と感慨に浸っていた。


佐々岡「らしい」?ラスト登板 [ 10月07日 06時12分 ]

<広・横>引退セレモニーを終えナインに胴上げされる佐々岡

c0019485_15574398.jpg 【広島10-1横浜】9回2死から「投手・佐々岡」がコールされると、広島球場の2万9776人のファンは総立ちになった。地元最終戦でのラスト登板。大歓声の中、村田に137キロを左中間席に運ばれたが「真剣勝負にいって打たれた結果。悔いはない」。続く鈴木尚は空振り三振に仕留め「ホームランの後に三振で終わる。僕らしくていいかな」と笑った。
 女手一つで育ててくれた母・江美子さん(78)に、食事面でのサポートを惜しまなかった優子夫人(38)、1年先に広島に入団した西武・江藤も応援に駆けつけた。「夢だったカープのユニホームをきょうまで着られて本当に幸せな男。お立ち台のファンの声援は今となっては宝物です」。91年の最多勝とMVP、史上2人目の先発100勝&100セーブ…。ナインに胴上げされた40歳は涙は見せず、18年間の現役生活に別れを告げた。
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by azatsu0422 | 2007-10-08 15:11 | スポーツ
2007年 10月 08日

流れを変えた、松井秀選手の激走。

膝の故障を抱えて、マツイは明らかに調子を落としているように見えました。先発出場を危ぶむ記事もありました。しかし、マツイは出場しました。
舞台裏では、きっと、トーリ監督のアツい期待とクールな計算、マツイの静かな闘志の心の交流がドラマチックに展開されていたのでしょう。

インディアンス戦2連敗で後が無く、3戦目の序盤は先発クレメンスが打ち込まれて、もはやこれまで…という沈滞した雰囲気さえ感じ始めていました。

そんな時…。マツイの第一打席。何となく痛々しく見えました。
松井秀選手の打球は打った瞬間、ボテボテの2ゴロに思えましたが…文字通り必死に走る姿が画面いっぱいに映し出され…そして、痛々しさを超える期待感につながった瞬間、内野安打に。

そして、5回はレフト前ヒットで打線に火がつき、デーモンの逆転HRが飛び出した瞬間の、ベンチから飛び出した松井秀選手の歓喜の姿…。マツイの純粋な気持ちを改めて実感しました。

「最期まで決して諦めない。」「チームの勝利のために最善を尽くす。」って、
こういうことなんだよなぁ…。

誰の論評を待つまでもなく誰が何と言おうが、私はこの試合で松井秀選手がチームの流れを変えて勝利に導いたと確信できます。

マツイを起点に皆の力で、何とか…あと2戦の連勝まで力が及びますように!


試合総括・スコアボード


松井秀、勝利呼ぶ2安打3得点! ヤンキース踏みとどまる

 ゴジラ、崖っぷちヤンキースを救う!――米大リーグ、ヤンキースの松井秀喜は8日(日本時間)、本拠地ヤンキー・スタジアムでインディアンスとのプレーオフ地区シリーズ第3戦に「7番・DH」で先発出場、2安打2四球3得点の活躍でチームの勝利に大きく貢献した。ヤンキースは8-4で逆転勝利を遂げ、対戦成績を1勝2敗とした。
 松井は3回の第1打席、セカンド内野安打で出塁後に1得点。5回の第2打席はレフト前ヒットで出塁し、1得点。6回の第3打席は敬遠四球で出塁後、1得点。8回の第4打席は四球だった。
 試合は2点を追いかけるヤンキースが5回、松井のヒットを皮切りに一気に逆転。3長短打で1点を返すと、デーモンがライトスタンドへ3ランを放った。息を吹き返したヤンキース打線は、6回にも3点を追加。一方、先発の右腕クレメンスが3回途中で負傷降板となるも、ヒューズ、チェンバレン、リベラの継投でインディアンスの反撃を断った。
[ スポーツナビ 2007年10月8日 11:21 ]


松井秀、スタメン落ちの危機

 米大リーグ、ヤンキースは5日(現地時間)、インディアンスとの地区シリーズで2連敗を喫し、2年連続地区シリーズ敗退の危機に立たされた。そんな中、2戦連続指名打者としてスタメン起用されながらも、いまだ無安打の松井秀喜がスタメン落ちする可能性が出てきた。
 ニューヨーク地元紙『デイリー・ニュース』は6日、第3戦ではインディアンス先発ジェイク・ウエストブルックから通算14打数6安打と相性のいいジェイソン・ジアンビーを指名打者で起用する可能性を報じた。また同紙によると、ジョー・トーリ監督が「(松井は)今まで接した中で最も予想しづらい選手だ。スランプかと思えば、突然打ち始めることがある」と、松井の復活に期待する一方で、第3戦のオーダーについては「まだ決めていない」と言葉を濁しているという。
 シーズン最後の10打席で1安打に終わった松井には、同シリーズ前にもスタメン落ちの可能性が取りざたされていた。このままヤンキースが敗退すれば、松井の戦犯扱いも免れない状況だが、果たして第3戦はどのような結末を迎えるのか。“ゴジラの逆襲”に期待したい。
-Kotaro Okada-
[ スポーツナビ 2007年10月7日 16:43 ]
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by azatsu0422 | 2007-10-08 11:42 | スポーツ(特集・松井秀喜)