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2009年 12月 16日

私は変わらぬ気持ちで松井秀喜選手を応援します。

辛辣なNYファンとメディアから、これほどまでに惜しまれてチームを去る選手が松井秀喜選手であることを、心の中でずっと応援して来た者として誇りに思います。

ビジネスとして、人の生き様として考えても、私は最善の対応をしたと受け止めています。

松井秀喜選手の交渉には、いかにしたたかでも「がめつい」印象が無く、「守りに行った」消極的な姿勢もなく、常にフェアで挑戦的な印象を受けます。だからこそ、NYファンから素直に惜しまれるのだと思います。

そして、代理人のテレム氏の対応も松井秀喜選手を良く理解し、本人の意向にそったもので、テレム氏自身の目先のビジネスで「がめつく、がっつく」事なくフェアで合理的に対応したのではないでしょうか。そうであれば、私はテレム氏に感謝したい気持ちです。

本人が取材で語っている通り、DH専門の選手として定着するほど選手としての価値が低下して、将来の選択肢がどんどん限定されて行くでしょうから、とにかく来季は守備も打撃も高い価値のある選手としてアピールすることが最優先だと思います。

たとえ契約金額がヤンキース時代の半分になり、巨人時代より低くなっても、そして1年契約というリスクを背負ってでも、来季に打撃と守備で結果を出して、選手成績としてもトップに名を連ね、何と言ってもチームの優勝に貢献して、ワールド・シリーズで二年連続MVP・・・という結果になれば、もはや「マツイ」の価値と地位は不動になると思います。

そんな結果と実績を引っさげてヤンキースと再び契約し、再来年にファンに熱狂されながらNYへ凱旋して来る・・・といったシナリオだって、期待できると思います。DHとして買い叩かれてヤンキースにしがみつくよりも、ずっと建設的でチャレンジングな生き様と受け止めました。しかも、妙に欲張ってズルズルと交渉を長引かせずに、あらかじめ定めた骨太な考え方にそって素早く決着させたことに、来季を見据えて集中力を高める意図さえ感じます。

本人は、マツイならではの打撃の勘所を磨き上げて、それと共に、身体の衰えと怪我に負けない対応に集中し、徹底しているのではないでしょうか。

ということであれば、リスクを恐れず前向きで挑戦的な生き様が魅力的ですし、改めて尊敬できるのです。


「松井は赤い運命」テレム氏が激白した“決断の裏側”
2009年12月18日 17時00分 ( 2009年12月18日 19時29分更新 )

 最後はレッドソックスかエンゼルスだった-。エンゼルスに移籍した松井秀喜外野手(35)の代理人、アーン・テレム氏が16日、米ニュースサイト「ハフィントン・ポスト」に手記を発表し、松井の苦渋の決断について生々しく語っている。16日に入団発表した松井がエンゼルス入りを決めたのは13日の夜。決断の裏には、こんな出来事があった。
 テレム氏が発表したのは、「ゴジラが南カリフォルニアを揺るがせる」と題する手記。ヤンキースに残留を強く希望しながらも、厳しいFA情勢と自分の野球観を慎重にすり合わせて決断を下した松井の心情が詳しく説明されている。
 「ピンストライプを着たまま、現役を終えることを希望していたヒデキにとって、(ヤンキースタジアムのある)ブロンクスを去る決断は難しいものだった。ジーター、ポサダ、リベラ、ペティットら前の仲間を敬愛し、ニューヨークを自分の街として愛していたからだ」
 自らとの契約がヤンキースにとって優先事項でないことが分かった松井。重視したのは、勝つことと、勝てる良質のチームでプレーすることだった。
 「ヒデキはヤンキースでなければ、エンゼルスかレッドソックスを希望していた。レッドソックスはDHがいるので選択肢としては難しかった。エンゼルスはゲレロがFAだったので魅力的な選択となった。打って守るという完璧な選手でいたいという特別なプライドも持ち続けていた」
 13日の昼、松井とエンゼルスのソーシア監督(51)がテレム氏の自宅で会食したことが決定打となった。希望する外野守備のチャンスがあることを伝えられたことで、松井の気持ちは固まったという。
 「最終的にヒデキは、ヤンキースからの残留条件の提示を待つよりも、エンゼルスの提示した条件を受諾することを選択した。早く決めないとエンゼルスがオファーを引っ込めてしまう可能性もあり、結果的にもっと弱いチームに行く危険性もあった。そうなると、ワールドシリーズには出ることができない。ヒデキは13日の夜は寝ないで熟考し、FA市場というイス獲りゲームの中で、最後の結論を出した」
 第一条件とした「守備機会」とともに、ワールドシリーズMVPまで登り詰めた松井のプライドが、エンゼルス移籍へと突き動かした。


電撃移籍!!松井エンゼルスへ即断
2009年12月16日 08時00分 ( 2009年12月16日 08時21分更新 )

 【ロサンゼルス(米カリフォルニア州)14日(日本時間15日)】米大リーグのヤンキースからフリーエージェント(FA)になっていた松井秀喜外野手(35)が、イチロー外野手(36)が所属するマリナーズと同じア・リーグ西地区のエンゼルスへ移籍することになった。年俸650万ドル(約5億8000万円)の1年契約で電撃合意した。年俸は半減して巨人時代を下回るが、希望していたDH兼任での外野復帰を最優先。前夜、ヤ軍のブライアン・キャッシュマンGM(42)と最終交渉して決別を決意した。
 即断だった。前夜まで候補を3球団に絞っていた松井秀が、エンゼルス移籍を決意した。
 1年契約で年俸は650万ドル(約5億8000万円)。今季の1300万ドル(約11億5700万円)から半減するばかりか、巨人時代の年俸さえ下回る額で合意したのは、外野復帰の希望を最優先させたからだ。
 一昨年は右、昨年は左と両ひざにメスを入れたのも守備復帰のためだった。
 「守備をやるんだ、という気持ちは一時も薄れたことはない。今はできないけど、ひざがよくなれば必ずやる。その気持ちは常にあったし、今も薄れていません」とMVPを受賞したワールドシリーズ直後のインタビューでも外野への思いを吐露。1週間前にニューヨークからロサンゼルスに入り、自主トレを開始していた。
 そんな松井秀の要求に応えたのがエ軍だった。外野にはゴールドグラブ賞を9年連続で受賞しているトリー・ハンター(34)を筆頭に、元ヤンキースのボビー・アブレイユ(35)、フアン・リベラ(31)にゲリー・マシューズ(35)とベテラン4人が在籍。それでもトニー・リーギンスGM(42)はFAとなったウラジーミル・ゲレロ外野手(34)に代わるDH兼任ながら、左翼でも積極的に起用することを前夜までに確約した。
 ただ、今オフの補強で出遅れているエ軍は、松井秀に対して返答期限を設けた。今週中にもヤ軍が条件提示をしてマネーゲームになれば不利という読みもあった。
 ニューヨークに愛着がある松井秀は、代理人のアーン・テレム氏に対して、ヤ軍のブライアン・キャッシュマンGM(42)との最終交渉を要請。同氏は「(ウインターミーティング後の)週末はのんびりする」と日曜日の夕食中だったキャッシュマンGMに電話を入れて、残留オファーの有無を尋ねた。それだけ急いでいた。長期戦を想定していた同GMのDH固定の方針は変わらず、オファーには至らなかった。
 「自分たちが条件提示の準備をする前に、エ軍が積極的にアプローチして、厳しい決断を迫ったようだ。松井は素晴らしい人間だし、移籍したら寂しくなるだろう」。7年前に巨人からゴジラを獲得した同GMは、サンケイスポーツの取材に決別を認めた。
 日付が月曜日に代わり“ダークホース”だった球団からも返答が届いた。ジェーソン・ベイ外野手(31)がFA移籍すれば左翼が空くレッドソックス。最終候補の3球団に残っていたが、レ軍はブルワーズからFAのマイク・キャメロン外野手(36)と2年契約。同地区の宿敵に移籍してヤ軍と戦うプランは消えた。
 このままヤ軍からの残留オファーを待ち続けても起用法はDH専任。外野復帰を最優先するならエ軍しかなかった。今回のFA権を取得したときの初心を貫くため、ゴジラはピンストライプを脱ぐ決断を下した。
 前夜の「テレム-キャッシュマン会談」からおよそ24時間後、米メディアが『合意』の一報を流した。舞台裏はまさしく“電撃移籍”だった。


NY各紙「サヨナラ、ヒデキ」 惜別の記事掲載
2009年12月16日 09時40分 ( 2009年12月16日 09時41分更新 )

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ヤンキースからフリーエージェントとなり、エンゼルスとの契約に基本合意した松井秀喜外野手を取りあげたニューヨーク各紙(共同)

 【ニューヨーク共同】ニューヨークの新聞各紙は15日、ヤンキースからFAとなり、エンゼルスとの契約に基本合意した米大リーグの松井秀喜外野手を取りあげた。「サヨナラ、ヒデキ」(ニューヨーク・デーリーニューズ)、「ゴジラはディズニーランドへ」(ニューヨーク・ポスト)などの見出しを掲げた。ニューヨーク・タイムズはヤンキースでの7年間を記録や出来事で振り返る表を添えた記事を掲載した。

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by azatsu0422 | 2009-12-16 11:47 | スポーツ(特集・松井秀喜)