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ボロは着れども心は錦。

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2005年 04月 25日

真実を忠実に再現して!

どうか助かって下さい・・・!「うめきながらもみんな息をしていたが、次々に死んでいった」・・・悲しいです。原因が何か知る由もありませんが、ぶつけようのない怒りを感じます。

車両故障?スピードの出し過ぎ?誰かが置石?それとも他に何か・・・??複合原因?悲しみと怒りのぶつけ所として、心証だけででも、とにかく早く誰か悪者を決めつけて吊るし上げたい気持ちは山々です。

でも、やはり・・・はやる気持ちを我慢して、真実を忠実に再現したうえで真因を突き止めて、抜本対策を全鉄道へ反映して再発防止することに尽きると思います。

それだけに、真実を忠実に再現できるのか?どうすれば再現できるのか?ということが心配です。一刻も早く真実を再現するためにも、今後は電車も「飛行機並み」のブラックボックスやレコーダーを装備しなくちゃダメかな・・・とさえ思いました。


懲りぬJR西の体質とは ミスした運転士追い込む?再教育

 尼崎JR脱線事故で、事故を起こした快速電車は制限速度(時速七十キロ)を少なくとも四十キロ近くオーバーしていたという。電車の遅れがその要因とみられるが、運転士(23)はなぜ、そこまで無理をしたのか。背景として「運行ダイヤ」や効率を最優先し、運転士らを日常的に追い込むJR西日本の体質があるともいう。その陰で、安全や人命は軽視されていなかったか。
 「息子の事故の時から言い続けてきたが、『早(は)よ行け、早よ行け』で、安全よりダイヤを優先する体質が、こんな大事故につながってしまったのではないか」
 二〇〇二年十一月、大阪市のJR東海道線で、けが人を救出中に後続の特急にはねられ、死亡した大阪市消防局の中沢良夫さん=当時(28)=の父愈(まさる)さん(64)=大阪市=はこう嘆く。
 同事故では、救助の状況確認や安全確保がないまま運転が再開されるという、信じられないようなミスが重なった。JR西日本関係者が業務上過失致死傷罪に問われた一月の大阪地裁の判決では、裁判長が「列車ダイヤの早期正常化に関心を傾けすぎた」と、安全管理体制の不備を批判した。
 愈さんは、JR西日本の問題体質を訴え続けたが、「真剣に耳を傾けようという姿勢はなかった。四十二人が亡くなった信楽鉄道の事故も、息子の事故も何一つ教訓になっていないのではないか」と訴える。
■『ダイヤ優先』締め付け強化
 「ダイヤ優先」は、運転士らへの締め付けとしてもはね返っていたようだ。
 脱線した電車の運転士は昨年六月に起こした百メートルのオーバーランで、十三日間の「日勤教育」という再教育を受けていた。
 JR西日本労働組合(JR西労)によると、JR西日本では運転事故について、列車が十分以上遅れたり、赤信号に突っ込んだなどの『責任事故』▽十分未満遅れといった『反省事故1』▽オーバーランなどの『反省事故2』と分類、事故の芽といわれる『ヒヤリハット』も含めて運転区や電車区などの区長が運転士から事情聴取。再教育が必要だとされた場合には『日勤教育』が課されるという。
 再教育は必要だが、JR西労の安田昌史書記長は内容に問題があるとして、指摘する。「いつ終わるのか、何をやるのかを当人に知らせず、長い人では半年間も衆人環視の、いわばさらし者の状態に置かれる」。そのうえで「あくまで推測だが、運転士は遅れによるペナルティーが怖くて頭がいっぱいだったのではないか。会社側が責任追及の締め付けに励むほど、社員はできるだけペナルティーを軽くして、自分の不利益にならないようにしたいという気持ちが働く」とみる。
 事故電車は事故前の伊丹駅で四十メートルのオーバーランを起こし、一分半の遅れが生じていた。さらに、オーバーランの距離を短く報告するよう、車掌に頼んでいたことも判明、運転士に遅れへのプレッシャーがあったことは想像に難くない。
 「日勤教育」をめぐっては、運転士がうつ状態に陥り、自殺に追い込まれたとして、同社を相手取り訴訟も起こされている(一審は請求棄却、控訴中)。
 自殺したのは、発車時刻が定刻から約五十秒遅れたことで、乗務を外され再研修を受けたJR西日本尼崎電車区所属の運転士=当時(44)=だ。自らも運転士などとして旧国鉄に約四十年間勤めた父親(74)=佐賀県唐津市=は「また『遅れ』かと思った。旧国鉄時代に比べて職場は効率優先で、ダイヤの遅れにも極端に神経をとがらせていると聞いている」と話す。
 訴状などによると、運転士は二〇〇一年八月、京都駅で普通電車に乗務したが、計器点検作業のため出発が約五十秒遅れ、「日勤教育」を受けた。内容は、トイレにも自由に行けない▽会社への帰属意識を試すようなリポート作成を命じられる▽管理者から罵詈(ばり)雑言を浴びせられる-というものだった。
 「運転は緊張を強いられる仕事だから、運転士の気持ちに不安があるとかえって思いがけない失敗を起こしやすい。そうでなくても、一度ミスを起こした人間は精神的に追い込まれる。国鉄時代も、ミスを起こせば乗務を外して原因究明と再発防止に努めたが、まだ管理職にも人間味があり、運転士の気持ちが落ち込むのをケアしながら教育していた。運転士を精神的に追い込むことは、安全対策という面からみても正当化できない」
 JR西日本では今月、事故やミスで遅れた時間(ダウンタイム)の短縮などを指示する文書が社内で配布されていたという。なぜ同社は「ダイヤ優先」にこうもこだわるのだろうか。
 事故があった福知山線(宝塚線)を含む京阪神の主要路線はJR西日本にとって「ドル箱」だ。〇四年三月期決算でも運輸収入の四割を稼ぎ出している。
■『ドル箱』路線熾烈な競争
 だが、関西圏は元来、私鉄王国で「ドル箱」は熾烈(しれつ)な競争を伴う。今回の事故路線でも、宝塚-大阪間をライバルの阪急を七分上回る最短二十三分で結び、それが集客を支えてきた。
 神戸大学の正司健一教授(交通論)は「戦前の電化当初から、この路線では旧国鉄、阪神、阪急が競り合ってきた。旧国鉄時代の末期でも、国鉄は三宮-大阪間では特別な運賃制度を設けたくらい」と話す。
 一方で、「民営化以降、常に高速運転を維持するように、という指示はJR西日本に限った話ではない」と話すのは、国鉄千葉動力車労働組合の田中康宏委員長だ。「かつては加速、惰性、制動が基本パターンだったが、いまは加速後に速度を維持するため、再び加速する作業を繰り返す。運転士の緊張と疲労は以前の比ではない」
 田中氏によれば、車掌による安全確認の基本動作も無視されている現実があるという。基本動作には二十六秒ほど必要だが、ローカル線の場合、停車時間を十五秒に設定しているケースもあると指摘する。
 さらに労務管理の強化も運転士にのしかかる。「JR東日本では一分間の遅れは、訓告にボーナスは5%カット。昇給ランクも下がる」(田中氏)。JR西日本の現場社員も「会社は来年度から、定期昇給抜きの完全な評価主義賃金体系を導入しようとしている。いまでも訓告が二回続くと給与の等級が一号下がり、二分遅れれば内部規範で乗務を降ろされる」と話す。
 「旧国鉄時代は『安全は輸送業務の最大の使命である』で始まる安全綱領を毎日、唱えさせられた。現在のJR綱領は『われわれはリーダーカンパニーを目指します』だ」とJR東日本関係者はため息をつく。
 「昔は見習い中『全責任は運転席にあり、総裁が乗ってきても運転士の判断が勝る』と同乗する先輩運転士に誇りをたたき込まれた。いまはマニュアル漬け。かつては想定外の事態にも冷静に対応できるよう先輩がわざとオーバーランをして、パニックからの回復を練習させた。いまではあり得ないことだ」
 今回の事故について、自殺した運転士の父親は訴える。「背景には職場の余裕のなさがあるのではないか。これを運転士個人の責任に帰したり、『再発させません』という精神論だけで終わらせてはいけない」


<尼崎脱線事故>無残な姿に渦巻く「悲しみ」と「怒り」 [ 04月25日 20時56分 ]
Excite エキサイト : 社会ニュース

 「不運ではなく人災ではないのか」――。兵庫県尼崎市で25日に起きたJR福知山線の惨事。線路脇のマンションに突っ込んだ車両の無残な姿が未曾有の事故を物語る。死者は50人にのぼり、犠牲者の遺体が安置されている市記念公園総合体育館には同日夜、悲しみの遺族が次々と訪れて遺体と対面。すすり泣く声が漏れた。一方、現場では、列車内に閉じ込められていた乗客が救出される度に、安堵(あんど)の声が沸き起こったものの、遅々として進まない救出作業に、もどかしさの声も漏れる。安全管理に不備はなかったのか。関係者は「悲しみ」と「怒り」に包まれた。
 ◇悲惨な現場「まるで地獄絵」「…やるせない」
 電車が突っ込んだマンション周辺では仮設テントが設置され、駐車場に青いビニールシートが広げられた。警察官や消防署員が、車両内に閉じこめられた乗客の救出作業にあたり、大阪府や兵庫県から派遣された救急医らが、救出されて横たわったけが人の治療に追われた。現場近くの尼崎中央卸売市場の従業員らも駆け付け、氷や水、青テントを持って乗客らの介抱をした。
 脱線した電車は先頭車両がマンションにたたきつけられ、へばりつくようにぺしゃんこになり、計5両が脱線した。25日夜になっても、投光器で照らされる中、消防、警察、自衛隊らによる懸命な救出作業が続いた。重傷者については近くの中学校の校庭からヘリコプターで各病院などに運び出された。一方、毛布で頭の先から足の先までスッポリと包まれた遺体は、担架に載せられて線路脇の救護所まで運ばれ、車で尼崎市の遺体安置所まで搬送された。
 現場近くにいた会社員の男性(45)は、事故直後の車内に入って救出作業を手伝った。「ガラスに顔を突っ込んで血まみれの女の人、積み重なって倒れた人の下敷きになって息も絶え絶えの男の人。まるで地獄絵だった。最初は、うめきながらもみんな息をしていたが、救助しているうちに、次々に死んでいった」と唇をかんだ。
 阪神大震災の時も被災者の救出作業にかかわった近くの会社に勤める男性(53)は、負傷者にタオルなどを配った。「震災が思い起こされた。やるせない」と話した。
 三田市の男性会社員は「娘がこの電車に乗っているかもしれない。携帯電話を20回かけても通じない。少しでも近くに行けば情報があるかと思って来た」と心配そうに現場を見つめていた。

by azatsu0422 | 2005-04-25 22:53 | 社会


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