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ボロは着れども心は錦。

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2006年 06月 16日

吠えろ、ジーコ!

ジーコ監督へ

日本人は農耕民族でムラ社会育ちなせいか、基本的に甘えん坊です。責任を背負うのが嫌で、「自分で主体的に考える」ことが苦手です。たとえチームの勝敗がどうなろうが、意見が対立するよりも、その場を穏便に収める方が良いと考えてしまうものです。チームが負けてもムラ社会の根性が染み付いているので、とにかく吊るし上げられるのが嫌なのです。

キリスト教には「許す」「復活する」という精神がありますが、信仰の無い日本では「許す」という感情がないうえ、社会的には敗者復活の機会を求めることは「往生際が悪い」と思われ、サッサと切腹する「桜散る」的な潔さが美徳、とする感性が根強くあります。

だから、日本のムラ社会では「自分の責任を認める」=「切腹」であり、今でも社会的な抹殺を意味します。事実上、復活の機会も与えられません。機会が皆無とは言いませんが、奇跡的な幸運と努力がかみ合った、極めてレアなケースしかなく、普通に考えれば絶望的です。それを絶望的と決めつけてしまう私のような言い方も、日本人の潔い?心です。

だから、日本人は責任から反射的に逃げてしまうのです。そして、他人へ「潔さ」を求めるわりに、自分自身が潔く責任を取らされることの無きように立ち振る舞うのです。誰もが責任から逃げる不条理こそ、サムライ精神を失った現代日本人の(腐った)根性です。

というわけで、責任を取りたくないので、誰も自分で考えず指導者に従順でいようとします。そして、厳しい状況に陥るほど、思考停止に陥って指導者を頼ろうとします。所詮、ほとんどの日本人は従順な僕(しもべ)に安住するのが気楽で大好き。評論家に徹して結果を上に押しつけながら、自らは言われた事の範囲内でしか動けない民族なのです。

日本人が上から受ける指示の中で、「自分で考えろ」と言われるのが、日本人にとって最も厳しい指示なのです。そして、今どきの若い日本人は、「私には分かりません。」と、すぐに逆ギレして居直ります。「私は責任を取る立場じゃないので、考える必要はありません。責任者が具体的に指示したことの中で、自分がやりたいと思えることしか動きません。」と言うのです。自称「責任感」のある人で、何かと「責任が取れません。」と言う人も、そう言って高みの見物を楽しみたがるタイプです。私自身がそういう弱い人間なので、自分の弱味は解っています。

ジーコ監督、中田英選手、川淵会長を吊るし上げる報道を見かけますが、こういう論調と、それに共感する大多数の人達こそ、典型的な日本人です。悪い話は他人事にして、誰かを吊るし上げて自分の事から切り離すのが今どきの日本人の心です。武士道精神なんて、あり得ません。サムライ精神がある人ほど、吊るし上げを食らって切腹のリスクを背負いやすいのです。逆に言えば、ジーコ、中田、川淵の3人だけが、日本サッカー界のサムライなのです。

武士道精神といえば、多くの日本人は無宗教なので、モラルや精神的な自立を支える信仰がありません。サムライ・ブルーなどと言っても、日本人の武士道精神は明治の頃から徐々に崩壊して、第二次大戦後は完全に解体されて、その後、米国流の合理性へ60年以上、3世代以上かけてフォーマットされて来ましたから、今の日本人にかつての武士道精神を期待するのは不可能です。

ですから、狩猟民族的なアグレッシブさと、キリスト教の精神的支えを前提に、日本人へ大人の扱いで接しても、期待されるような手応えは得られません。優しくされても、甘やかされたかのように勘違いして増長し、ますますユルんでしまうだけです。幼稚園児や小学生低学年の子供達に厳しい躾をするような対応が必要なのです。

ジーコ監督は、今まで選手を信じて大人扱いして、辛抱して育てて、技術的には格段に進歩しました。でも、残念ながら選手達はピッチの上で走りながらゲームを創造するほど成長できなかったようです。「かいかぶり」だったのかも知れません。中田英選手は例外的に心の強い日本人ですが、そんな中田選手もゲーム中ずっと強い気持ちで集中力を維持するのは難しそうです。三都主選手は日本民族じゃないけれど、今どきの日本人よりも日本的な甘えん坊って印象を、詰めの粗いプレーや、シミュレーションのような常にワザとらしい倒れ方から感じています。日本での育ちが長かったせいかも知れません。

中田選手以外は、恐らく「ドイツに行きたい」のではなく、「ドイツに連れて行って欲しい」というのが本音で、「決勝に進出したい」のではなく、「決勝に進出させて欲しい。」という根性なのです。「自分が勝ちたい」のではなく、「勝ったチームの出場メンバーに自分がいたい」というワケです。ほとんど全員のメンバーが、当事者でありながら他人事になっているのだと思います。

ここはひとつ、情けない気持ちを気力の全てに置き換え選手達にぶちまけて、怒声を浴びせ続けながら、選手達に逐一指示してやって下さい。今の選手達に創造を期待するのは不可能です。言われたことの範囲しか出来ません。


ジーコが怒りの闘魂注入!「根性みせろ」吠えまくった3分間 [ 06月16日 08時05分 ] サンケイスポーツ
Excite エキサイト : スポーツニュース

 日本代表・W杯合宿(15日=日本時間同日、ドイツ・ボン)神の怒りだ。サッカー日本代表・ジーコ監督(53)が15日の午後練習で、主力選手をピッチ中央に集めて「根性みせろ! W杯で先発するのはお前たちだろ!!」とカミナリを落とした。ドイツ入りして以来、初めて選手を大声で叱責。1次リーグ突破には勝利が至上命題となる18日のクロアチア戦を目前にし、土壇場でみせた監督のマジ激怒が、日本代表を奮い立たせる。
 ジーコ監督の怒声が、ピッチに響いた。
 「これじゃダメだ! オレたちは今、W杯を戦ってるんだ! 今回負けたら終わりなんだぞ!!」
 顔がみるみるうちに紅潮する。午後から始まった攻撃練習の途中に、修羅場は突然訪れた。
 クロアチア戦で先発を予定する主力組のうち、DF宮本(G大阪)と中沢(横浜M)を除いた8人が、敵陣でボールを奪って攻撃に転じるパターンを繰り返す…はずだった。しかし、パスは途切れ、控え組のMF小野(浦和)らにボールを奪い返されて逆に何度もセンターラインを割られてしまう。約15分が経過したところで、ジーコ監督は練習を中断。センターサークルに8人を集めると、大声でまくしたてた。
 「もっとメリハリをもってやれ! 根性をみせろ! 彼らは後発なんだ。先発するお前たちが引っ張っていかなくてどうするんだ!!」
 約3分間-。日本代表が先月26日にドイツに乗りこんでから初めて大声で叱責した。午前中は当地に雷鳴が轟いたが、午後には神のカミナリだ。MF中田英(ボルトン)もFW高原(ハンブルガーSV)も、怒声にうなだれる。ピッチ上に張りつめた空気が覆った。
 W杯はジーコ・ジャパンの4年間の集大成。ドイツ入り後は選手たちに余計なプレッシャーを与えないために、温和路線を敷いてきた。12日の豪州戦では先制しながら試合終了6分前から相次いで3失点し、痛恨の逆転負け。それでも怒りを抑えて「がっかりしても仕方がない」と選手たちを励ました。それなのに、親の心、子知らず。練習で気持ちのゆるんだプレーをする主力組に、ついに堪忍袋の緒が切れた。
 ジーコ監督は、日本人以上に精神を重んじる。J1鹿島時代の96年夏、南米合宿中にたるんだ選手がいたために、炎天下でチーム全員に1時間半も根性論を話したこともあった。代表監督に就任してからも、W杯予選など大事な試合を前に「技術や戦術があっても、最後は気持ちなんだ」と口癖のように説いてきた。
 FW柳沢(鹿島)は「うまくいかなくてイライラしてた。みんなが同じ方向に向いていく状況をつくらなきゃいけない」と怒りの意図をかみしめた。「可能性がある限り、最後まであきらめずに本気でやるのがブラジル人なんですよ」と話すのは、ジーコ監督と一心同体の鈴木通訳だ。
 「W杯は戦争なんだ」とジーコ監督は語っている。命がけの大一番となるクロアチア戦まであと2日。怒り一閃で闘魂注入。神が落としたカミナリが、23戦士を目覚めさせた。


サッカー=中田英がメディアの悲観を一蹴、「日本の方が強い」 [ 06月15日 13時11分 ]

吠えろ、ジーコ!_c0019485_11502560.jpg 6月14日、サッカーワールドカップ(W杯)日本代表の中田英寿(右)が、日本の1次リーグ突破は難しいとするメディアの悲観論を一蹴した。写真は、ジーコ監督と話す中田英(2006年 ロイター/Kimimasa Mayama)


 [ボン(ドイツ) 14日 ロイター] サッカーの2006年ワールドカップ(W杯)1次リーグ初戦でオーストラリアに敗れた日本代表の中田英寿が、日本の1次リーグ突破は難しいとするメディアの悲観論を一蹴した。
 中田英は14日の外国人記者の取材に英語で答え、「あなた達はいつも悲観的だ。我々が出来ることは次の試合に勝つと信じること。(次戦の)クロアチアは良いチームだが、それでも、日本の方が強いと信じている」と、力強いコメント。
 オーストラリア戦の悔しい敗戦を「もう過去のこと」と話す中田英は、残り2試合で勝ち点4を手にするのが目標かとの質問に対し、「なぜ勝ち点4なんだ?2試合残っているので、我々は勝ち点6を手にすることが出来る」と、強豪クロアチアと世界王者のブラジルに連勝する意気込みをみせた。
 日本は18日、第2戦でクロアチアと対戦する。


サッカー=ジーコ監督、FIFAの誤審認める発言に怒り [ 06月16日 14時30分 ]

 [ボン(ドイツ) 15日 ロイター] サッカーのワールドカップ(W杯)ドイツ大会に出場する日本代表のジーコ監督は15日、日本が1─3で逆転負けした12日のオーストラリア戦で日本に与えられるべきPKが見過ごされたと、国際サッカー連盟(FIFA)が誤審を認めたことについて、怒りをあらわにした。
 ジーコ監督は「今言っても何も変わらない。あの時PKが与えられていたら、全てが変わっていたかもしれない」と、FIFAが誤審を認めたタイミングについて不満を示した。
 FIFAが誤審と指摘したのは、1―1で迎えた終盤、ケーヒルがゴールに向かう駒野を倒した場面で、「主審のミスは明白」としていた。
 ジーコ監督はさらに、主審が試合後に日本の先制点は誤審だったとしてオーストラリア人選手に謝罪したとされることについても、「審判はそういうことを言ってはならない」と批判した。

by azatsu0422 | 2006-06-16 11:41 | スポーツ


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